東京大学演習林とは

東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林は、森林や樹木、林業に関する基礎的・応用的研究を行うとともに、森林を学習する学生たちに教育の場を提供することを目的として設置されました。最初の演習林が千葉県清澄に1894(明治27)年に設置されて以来、今日までに100年以上の歴史を有するに至っています。現在、演習林は全国7ヶ所に設置され、その総面積は東京山手線内面積の5つ分に当たる32,300 haにおよんでいます。

東京大学演習林では100年以上の長きにわたり、数多くの教職員の手によって森林を良好に維持・管理しながら、人工林や天然林の樹木の成長、森林に暮らす動植物、気象や水文等に関する調査・観測データを蓄積し続け、多くの教育や研究の場面で活用されてきました。また、演習林が保有する豊かな森林は学内外を問わず多くの教育者や研究者によって求められ、教育研究フィールドとして利用され続けています。近年では、社会的な要請により、演習林の長い歴史の中で培った知識・経験を社会教育を通じて広く普及するとともに、自治体や地元地域との連携にも力を入れるなど、多方面で活動しています。

演習林では、10年計画である「演習林教育研究計画2021-2030」を作成し、大学教育・研究・社会連携に関して以下をミッション(存在意義)としています。

ミッション
大学教育 学部、大学院において、森林に関わる教育を行うとともに、そのための最適なフィールドを提供する。
研究 森林を中心とした自然環境および森林と人との関わりについての専門的な研究を促進するとともに、大学を中心とした研究組織に最適なフィールドおよび森林を中心とした自然環境の動態に関する記録(データ)を提供する。
社会連携 科学と社会をつなぐ森として、学校教育や生涯教育をはじめとする社会教育をより豊かなものにするための仕組みとフィールドを提供する。

理想とする附属演習林の未来の姿を示すものとして、ビジョンを以下のように定めています。

ビジョン
国際 世界をリードする教育研究の森 ・・・アジアの大学演習林の先導的役割を果たしつつ、教育・研究に主眼をおいた国際化を推進する。これまで蓄積してきた長期データを世界的に貴重な財産ととらえ、その価値を研究成果として世界に発信する。
森林管理 たしかな技術で調えられる森 ・・・歴代の職員によって受け継がれてきた、森林管理を支える様々な技術の結晶である森林と、それらの技術を次世代に継承する。

東京大学演習林の歴史

東京大学演習林の始まりは、日本初の大学演習林として1894(明治27)年に房総半島に設置された千葉演習林であり、以来、東京大学の林学教育の場として現在に至る歴史を刻んでいます。千葉演習林に続いて、北海道演習林(1899(明治32)年)、台湾演習林(1902(明治35)年)、朝鮮演習林(1912(大正元)年)、樺太演習林(1914(大正3)年)、秩父演習林(1916(大正5)年)、生態水文学研究所(1922(大正11)年)、富士癒しの森研究所(1925(大正14)年)、樹芸研究所(1943(昭和18)年)が次々と設置され、亜寒帯から亜熱帯まで、海岸から亜高山帯までの森林における教育研究の場として活用されてきました。第二次世界大戦後、外地に設置された演習林は東京大学の手を離れましたが、戦後の1956(昭和31)年に演習林に管理委嘱された田無演習林(1929(昭和4)年林学科に設置、1982(昭和57)年演習林に用地を移管)をあわせ、東京大学農学部キャンパス内に設置された企画部を中心に北海道から愛知までの広い範囲に7地方演習林を有する体制が現在まで続いています。

7つの地方演習林と2つのセンター、それらをまとめる企画部

千葉演習林

房総半島の南東部に位置する千葉演習林は日本で最初の演習林として1894年に創設されました。千葉演習林の森林は、上層木をモミ・ツガ・アカマツ(現在、マツ材線虫病により大部分が消失)とし、下層木をカシ類・スダジイ・クロバイ・ヤマモモ・ヤマザクラ・マルバアオダモなどとする針葉樹天然林、旧薪炭林でスダジイ・カシ類・コナラ・ケヤキ・カエデ類などからなる広葉樹天然林、スギ・ヒノキを主体とする人工林の3つが大部分を占めています。全体の約三分の一を占める人工林には幼齢林から超高齢林(180年生以上)に至る齢級構成が整備され、我が国における人工林研究・教育の代表的なフィールドとなっています。

創設年 1894(明治27)
土地面積 2,169ha
標高 50-370m
気候帯 暖温帯
植物種数 木本類:約280種 草本類:約800種

北海道演習林

北海道中央部の富良野市に位置する北海道演習林は7地方演習林の中で最も広大な面積を有しています。そのうち約2万haは施業実験林として位置づけられ、木材生産と環境保全との両立を掲げた天然林施業を行っています。森林植生は、冷温帯の夏緑広葉樹林から亜寒帯の常緑針葉樹林に属し、標高400m以下では広葉樹林、400~600mでは針広混交林、700m以上では針葉樹林、1100m以上では高山植物帯となります。針葉樹では主に、トドマツ・エゾマツ・アカエゾマツ、広葉樹ではダケカンバ・シナ類・イタヤ類・ウダイカンバ・ミズナラ・ニレ類・ハリギリ・ヤチダモなどが自生しています。

創設年 1899(明治32)
土地面積 22,717ha
標高 190-1,459m
気候帯 冷温帯/亜寒帯
植物種数 維管束植物:約940種

秩父演習林

秩父演習林は関東山地のほぼ中央部荒川源流域にあり、甲武信岳(2,475m)を盟主とする奥秩父連峰の2,000mクラスの山々に囲まれています。森林のほとんどが天然林もしくは落葉広葉樹主体の二次林で、人工林は1割程度です。標高差が大きく、山地帯と亜高山帯の2つの垂直分布帯にまたがっているため、多様な森林植生を有しています。山地帯域では尾根部にツガの優占する針葉樹林、山腹斜面にブナやイヌブナ、谷部にシオジやサワグルミの落葉広葉樹林が分布し、亜高山帯域では低標高にカラマツやヒメコマツの混じるコメツガ優占林、高標高にトウヒやダケカンバなどを交えたシラビソ針葉樹林が分布しています。

創設年 1916(大正5)
土地面積 5,812ha
標高 530-1,990m
気候帯 冷温帯
植物種数 木本類:324種

田無演習林

西東京市に位置する田無演習林は本郷キャンパスに最も近い演習林で、1時間ほどで来ることができます。演習林の南東側には附属生態調和農学機構が隣接し、これらを含めた西東京キャンパスの周囲は住宅街に囲まれています。設立当初はアカマツやクヌギを主体とした典型的な武蔵野の雑木林でしたが、その後日本各地や海外から多数の樹種や品種が導入されました。そのため、狭い面積ながら非常に多様な樹木が混在しています。また、都市に孤立した森林という性格を持っているため、都市林に依存した動植物の生態研究フィールドとして利用されています。また、圃場では苗木を利用した樹木生理に関する研究などが行われています。

創設年 1929(昭和4)
土地面積 8ha
標高 60m
気候帯 暖温帯
植物種数 木本類:約300種

生態水文学研究所

生態水文学研究所は瀬戸市、犬山市、静岡県新居町にある2研究林2試験地から成り立っています。この辺りは幕末から明治にかけて乱伐が行われたため、研究所の設立当初はいずれの研究林・試験地もほとんどはげ山の状態でした。演習林に編成されたのち、渓間工事や山腹緑化工事が行われ、現在では全山緑で覆われています。古くから森林水文に関する研究が盛んに行われ、3つある量水堰では緑のダムとしての森林の機能を長期的に観測しています。植生としては人工植栽された林地に天然生の樹種が侵入してきており、コナラやアカマツにツバキ類が混じる混交二次林と、スギ・ヒノキを主とした人工林になっています。

創設年 1922(大正11)
土地面積 1,294ha
標高 2-692m
気候帯 暖温帯
植物種数 木本類:約270種 草本類:約700種

富士癒しの森研究所

富士癒しの森研究所は富士山の北東部、山中湖畔に位置しています。大正から昭和初期にかけてはカラマツを主体とした寒地性樹種の造林試験を中心に研究が行われていましたが、近年はリゾート地という地の利を生かして、森林の保健休養機能の評価など人と森林とのつながりを研究するための森林施業に移行してきています。植生としては、上層をカラマツなどの植栽された針葉樹が占め、そのギャップや林縁部などではブナ科やカバノキ科、その他多数の低木類が更新してきています。また、湖に面した場所では一部風衝樹形のアカマツ疎林と草原をなしています。

創設年 1925(大正14)
土地面積 40ha
標高 990-1,060m
気候帯 冷温帯
植物種数 木本類:約110種

樹芸研究所

静岡県南伊豆にある樹芸研究所は熱帯・亜熱帯の特用樹木の研究施設として設立されました。全体の約50%を占める人工林では、約100年生におよぶクスノキ人工林をはじめ、油ろう・香料・薬料・タンニン等の原料となるアブラギリ・ハゼノキ・アカシア属・ユーカリ属などの特用樹種を植栽し、造林特性の調査研究を行ってきています。旧薪炭林を中心とする天然林ではシイ・カシ類やシロダモ、ヤブツバキなどの特徴的な照葉樹林となっています。1963年に温泉が寄贈されたことを受け、温泉熱を利用した大温室では熱帯・亜熱帯の植物約350種を栽培・保存・展示しています。

創設年 1943(昭和18)
土地面積 247ha
標高 10-520m
気候帯 暖温帯
植物種数 研究林:約550種 温室:約350種

教育・社会連携センター

農学部(弥生)キャンパスに設置されている教育・社会連携センターは、演習林の教育・研究にかかわる様々な業務を行い、次世代の森林・環境・林業を担う人材育成の拠点となっています。演習林所属の学生は、基本的に本センターに机を置き、ここを勉学・研究の拠点として活動します。センター所属の教員は、学生の活動を支援しながら、自らの教育研究活動も行っています。週に一度センター主催のゼミ、月に一度演習林全体で行う演習林ゼミを行い、学生や教員は研究進捗状況や研究計画を報告しあい、活発な議論を行っています。また、センターは上記のような教育・研究活動に加え、演習林全体の連絡調整、広報活動、各種データ蓄積管理業務などを行っています。連絡調整では演習林教員の教育スケジュール、各演習林での実習、各種委員会・研究会の日程調整や準備などを行います。広報活動では、ウェブサイトの管理や学術誌「演習林報告」・「演習林」および本の出版なども行っています。各演習林で日々集積される気象データや「大面積長期生態系プロット(LTER)」のデータ、生物多様性の基盤データおよび森林にかかわる様々な資料などを蓄積し管理する業務も行っています。

フィールドデータ研究センター

近年、演習林では、広く整備公開されているオープンデータや蓄積してきた長期観測データを活用する研究や、フィールドにおいてネットワークや情報機器を活用してデータ取得を行う研究など、新しい情報技術を活用したさまざまな研究教育活動が行われています。そのような変化に対応するため、専門的にデジタル情報を取り扱う組織として、2021年度にフィールドデータ研究センター(FDRC)が新設されました。FDRCは、演習林のフィールドとデータのデジタルトランスフォーメーション(DX)を通じて、新しい方法で研究教育の高度化を推進することを目指しています。そのため、FDRCでは、フィールドデータに適した情報処理技術の開発、フィールドにおけるデータ取得技術の開発や、フィールドデータの社会における役割や社会にもたらす影響に関する研究など、幅広い分野にわたって研究に取り組んでいます。これらの研究を進めるために、デジタル情報を取り扱う学内外の組織との連携にも取り組んでいます。また、FDRCでは、演習林のフィールドデータを高度に活用した幅広い研究教育活動を支援するため、オープンなデータ公開プラットフォームの構築を進めています。デジタル化されていない演習林の情報資産、例えば図面・写真・現物資料・記録文書・業務文書などの学術資料の保全およびデジタル化を支援することも重要な役割です。さらに、従来の講義や実習をデジタル化することに加えて、ネットワークに繋がったフィールドおよびデータを活用した新しい形の教育活動を支援していきます。例えば、従来は教室で行っていた講義をフィールドで行うことや、教室においてフィールドでの体験的な学習を行うデジタル技術の導入が挙げられます。そして、演習林のフィールドとデータのDXによって、管理業務の効率化を図り、演習林の研究教育活動の包括的な支援を行っていきます。

企画部

農学部キャンパスに設置されている企画部は、7つの地方演習林と2つのセンターという演習林運営の9つの現場を統括し東京大学演習林全体として取り組んでいく様々な活動の中心となる組織です。企画部はその役割として、演習林内、学内、学外を対象とした企画調整(教育、研究、社会連携、人事、財務、情報、国際交流等)を担当し、また森林教育研究拠点形成のために必要な東京大学演習林全体の機能の調整や地方演習林間の連携の促進をはかっています。