【研究紹介】文化財を維持するための森林資源管理

千葉演習林 教授 山本博一

2005年11月15日

 人類の文明が発祥した頃、森林は陸地の大部分を覆っていました。現在もおよそ3割を占めています。しかし、森林の最大の産物である木材を用いて大型建造物を築いてきた文化はあまり多くなく、その中で日本の「木の文化」は世界に類を見ない高い水準を誇っています。この「木の文化」を理解することは日本という地域とその民族を理解する上で非常に重要です。飛鳥時代に造営された建物の資材が一体どのような森林から供給されたのか?こうした森林は日本のどこにどれだけ残されているのか?このような疑問に応えられる情報を我々は持っていません。貴重な文化財を維持してゆくためにはどれだけの資材が必要で、どのように森林を維持してゆかねばならないのかを研究しています。

 例えば、ケヤキ、クリ、マツなどは資源の枯渇が懸念されていますが、森林所有者はどのような規格の材が採れれば文化財の修復に貢献できるのか情報を持ち合わせていません。文化財を維持するために必要とされている樹木の種類や規格を具体的に示すことが、全国の森林から文化財修理用資材を見出すための情報源となります。文化財の修理報告書から、寺院、神社、城郭、住宅、民家に使用されている建物種類別の資材量の平均値を求め、これに国宝・重要文化財のそれぞれの指定棟数を乗じることによって、木造建造物文化財の総資材量を求めたところ約30万m3という数値が得られました。樹種はヒノキ27%、スギ21%、マツ19%で上位3種の針葉樹が修理に使われた資材の2/3以上を占めています。このほかヒバ、ツガが上位を占めています。求められる資材の中には大径材や長尺材があるため、単に材積だけの問題ではなく資材の太さや長さについても吟味しなければなりません。奈良時代以前の建造物22棟を構成する278種の部材について、その長さと径について調査した結果、長さでは法隆寺五重塔心柱の32mが最大で、二番目は薬師寺東塔の心柱の16.6mでした。10mを超える部材は全部で18種でした。径では東大寺本坊の扉板に使われた部材で最大1.3mのものがあり、1mを超えるものが5種でした。こうした大径長尺材について幅広く調査を行い、森林資源の調達可能性を検討する必要があります。現在、解体修理中の唐招提寺金堂には621m3の資材が使われています。法隆寺を構成する建物について、資材量を推定したところ、回廊289m3、金堂251m3、大講堂252m3でした。単位軒面積あたり使用資材量をもとに推定すると、文化財建造物が1m2あたりに使用する木材の平均値は0.5m3程度と推定されます。これを1haに換算すると5,000m3になり、普通の森林と比べると10倍程度の炭素を数百年以上にわたり固定していることがわかりました。

 こうした文化財を維持するための資源の需要量と供給量について分析した結果、需要の発生予測に幅があること、高品位材を安定的に供給するための森林の育成と一般社会における木材の安定需要が必要であることと、資材確保にともなうリスクを分散した供給システムの確立が必要であることが明らかになりました。