【研究紹介】都市域におけるならたけもどき病の被害実態

田無試験地 助手 坂上大翼

2004年1月19日

 ナラタケモドキ(Armillaria tabescens)は分類学上キシメジ科ナラタケ属に所属する担子菌(きのこ)の一種です.ナラタケモドキを含むナラタケの仲間は,ならたけ病・ならたけもどき病の病原菌として,世界中で様々な種類の樹木・作物に根腐れによる枯死被害を引き起こしており,大きな問題となっています.しかしながら,わが国ではナラタケモドキによるならたけもどき病の被害報告はこれまで例が少なく,その病原力(1)や宿主範囲(2)など詳しいことはほとんど分かっていませんでした.ところが近年,各地の公園や街路樹などで被害報告が相次いでおり,ナラタケ属菌の生物学的種(3)に基づく分類・生態・病原性の再整理の動き[1][2]と相まって,にわかに注目を集めています.

 田無試験地でも植栽されているクリに2000年にならたけもどき病の被害が発生しました.そこで詳しく調べたところ,クリの他にクヌギ,コナラ(ブナ科),イヌザクラ,サクラ類(バラ科),ニワウルシ(ニガキ科)の3科6種の樹木からナラタケモドキ子実体(きのこ)の発生が確認されました.このうち,クヌギ,イヌザクラ,ニワウルシはこれまでに宿主として報告のないものでした.樹勢調査やナラタケモドキのジェネット(4)の識別,捕捉試験など様々な調査の結果から,ナラタケモドキが広範な樹木種に感染(5)すること,衰退木に感染したとき,あるいは感染木に何らかの衰退要因が加わったときに枯死被害が発生すること,土の中で接触している根から根へと伝わって感染が広がっていくと考えられること,などが明らかになりました.また,ジェネットによって宿主範囲や病原力が異なる可能性が示唆されるなど,興味深い結果が得られました.

 都市に生育する樹木は,都市特有の環境のために様々なストレス(6)を受けていることから,病気などにかかりやすくなっています.そこで,都市住民にとって身近な緑である都市樹木の保護・育成を図る上で,適切な管理を行うことが必要になってきます.そのためにも,都市樹木が受けているストレスの種類や程度を明らかにするとともに,病原菌の性質を明らかにすることが大切です.今後,接種試験を行って,ナラタケモドキの宿主範囲や病原力について詳細に明らかにしていくほか,新たに被害の見つかった近隣の自然公園でも調査を行い,事例を蓄積していく予定です.

<参考文献>

[1] 鈴木和夫(1996)森林における菌類の生態と病原性―ナラタケの謎―.森林科学17:41-45.

[2] 太田祐子(2002)ならたけ病.249-257,(全国森林病虫獣害防除協会編集発行,森林をまもる―森林防疫研究50年の成果と今後の展望―.493pp.)

[3] 坂上大翼ら(2004)都市樹林地で数種の広葉樹に発生したならたけもどき病被害と病原菌のジェネット識別.樹木医学研究8.(印刷中) 

<用語解説>

(1) 病原性(pathogenicity)と病原力(virulence):病気を引き起こす要因(病原,pathogen)がある生物に病気を引き起こす性質・能力のことを病原性と呼ぶ.病原性は,病原生物が宿主に侵入・定着するまでに発揮する侵略力(感染力,aggressiveness)と,その後病気を引き起こす強さである病原力(発病力)の二つに分けて考えられる.

(2) 宿主(host):病原生物などの寄生生物(parasite)が寄生する相手となる生物.寄生生物(寄主)が寄生できる宿主生物種の範囲を宿主範囲(host range)と呼ぶ.

(3) 生物学的種(biological species):相互に交配しあい,かつ他の集合体から生殖的に隔離されている自然集団の集合体.従来の形態の不連続に基づく形態種に対して,生殖的隔離に基づいて生物分類を行うための単位.

(4) ジェネット(genet):栄養繁殖(無性生殖,クローン成長)によって生まれた同一の遺伝子型をもつ個体の集まり.

(5) 感染(infection):宿主に侵入(invasion)した病原生物が,宿主の体内に定着(establishment)し,宿主から栄養を摂って生活している状態.

(6) ストレス(stress):植物の生育に干渉する因子.