【研究紹介】酸性雨が山地源流域から流出する河川水質に与える影響

研究部 助手 浅野 友子

2005年7月8日

 1970-1980年代にかけて、北東アメリカや北ヨーロッパの国々ではpH4.7以下の酸性の降水(2)が観察され、山地源流域から流出する河川水のpHが5.0以下に低下するなど陸水の酸性化が顕在化し、河川・湖沼の生態系が大きなダメージを受ける地域が見られました(例えばLikens & Bormann, 1995)。実は、日本においても、こういった過去に陸水の酸性化が顕在化した地域と同程度に降水が酸性化していることが明らかとなっています[1](全国平均pH4.8)。このような酸性の降水は日本の山地源流域から流出する河川の水質にどのような影響を与えているのでしょうか?

 例えば日本の森林流域から流出する水を全国の大学演習林45地点で調べた結果、pHは平均で7.1でした(戸田ら、2000)。つまり、日本では降水は酸性であるにもかかわらず、現時点では森林流域から流出する水は酸性化していませんでした。森林流域において酸を中和する主体は土壌であると考えられています(3)。したがって、これまで降水は酸性であるのに流出する水が酸性化していない理由として、日本の土壌は、過去に河川・湖沼の酸性化が顕在化した欧米の一部地域と比べて新しいため、酸を中和する能力が高いからであると考えられてきました。

 そこで、実際に“日本の土壌は新しいから酸を中和する能力が高い”ことを検証するため、ある山地斜面で水の動きとそこでの水質の変化を詳細に観測しました。その結果、降水は土壌層を浸透した後、その多くはその下にある少し風化してはいるが、固くてあまり水を浸透させそうにない岩盤層にも浸透し、そののちに流出することが確認されました。また、土壌層のみを通過した水はpH4.7と十分に中和されていませんでしたが、土壌層に加え岩盤層を通過した後に流出してきた水はpH6.8と中和されていることも明らかとなりました[2]。この観測例は、日本でもすでに酸性雨を十分に中和できないほど酸性化した土壌も存在しますが、その下の岩盤層での酸中和プロセスの働きにより流出する水が酸性化していなかったことを示します。逆に、岩盤への浸透経路が無かった場合、この斜面から流出する水は酸性化していた可能性が高いとも考えられます。

 現在日本を含むアジア諸国の酸性降下物量は横ばい、或いは増加傾向にあります。このまま酸性雨が降り続けるとどうなるのかという疑問に答えるためには、この地域での酸性降下物の負荷に対する中和機能とその限界を明らかにする必要があります。特に、日本のように急峻な山地が連なる地域の山地河川の水質の将来予測を精度良く行うためには、これまであまり考慮されてこなかった岩盤への水の浸透やそこでの酸中和プロセスに関する理解を深め、既存のモデルに組み込む必要があると考えています。

<参考文献>

[1] 環境省酸性雨対策検討会(2002)第4次酸性雨対策調査とりまとめ

[2] Asano, Y. & Uchida, T. (2005) Quantifying the role of forest soil and bedrock in the acid neutralization of surface water in steep hillslopes, Environmental Pollution 133: 467-480.

<用語解説>

(1) 酸性雨:狭義には大気汚染物質の窒素酸化物や硫黄酸化物がとけ込んで降る酸性の雨で、pHが5.6以下のものをいう。広義には酸性の雨だけでなく、大気に含まれる酸性または酸化性の化学物質(例えば硫酸や硝酸、SO2や窒素化合物、オゾンなど)の総称として使用されている。

(2) 降水:雨や雪などのかたちで地上へ降下してくる水のこと。降水のpHは、大気の酸性化や、地表にもたらされる酸性降下物量の指標としてよく用いられる。

(3) 山地源流域における酸中和プロセス:降水とともに斜面にもたらされる酸(H+)は、鉱物の化学的風化によって溶出してくる塩基性陽イオン(Ca2+, Mg2+, K+, Na+)と交換することによって地中水中からなくなり、その結果、地中水は中和される。(したがって、塩基イオンを溶出させやすい未風化の鉱物が多くある、つまり土壌が新しいと、酸を中和する能力が高いと考えられる。)