【研究紹介】脱炭素社会の実現に向けて森林分野で取り組むべき課題
徳永 友花(森林流域社会環境学研究室 フォレストGX/DX協創センター)
※本記事は2025年11月10日発行のニュースレターmorikara6号に掲載されます
大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は年々上昇しており、CO2排出量を抑えていくことが不可欠です。脱炭素社会を実現するためには、CO2排出量を実質ゼロにすることが求められています。特に化石燃料由来のCO2排出を抑制するために、これまでも様々な省エネルギーに関する取組みが行われてきました。 ただし、人間の活動によって排出されるCO2をゼロにすることはできないため、「実質ゼロ」という考え方が非常に重要です。CO2排出量実質ゼロを実現するためには、省エネルギー技術だけではなく、大気中のCO2を積極的に吸収する技術が求められています。
CO2を吸収してくれる森林
森林は(CO2)吸収源として大きな役割を果たしています。気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の報告書によると、森林による(CO2)除去効果は最大で年間数百億トンという試算が出ています1)。世界全体での(CO2)排出量が年間約400億トンであることを考えると、森林のポテンシャルは大変大きいことがわかります。 また、植林や森林管理などでCO2を吸収するものは技術成熟(TRL*)が高い技術として注目されています。大規模な取組みを行うには、多くの人が簡便に取組む必要があるため、TRL が高いことも非常に重要です。 このように環境の側面からみると、大気中の(CO2)を吸収してくれる森林は期待が高いことがわかります。しかし、日本では環境への配慮を動機として森林施業が行われることは稀です。実は林業分野には、深刻な人手不足、相続等の法的課題や経済的自立の難しさなど、様々な課題が存在しています(図1)。

図1 社会・環境・経済的な課題例
求められる省力化、デジタル化
大規模な植林や森林管理を行っていくためには、様々な社会的課題を乗り越えていく必要があり、これを後押ししてくれる技術の一つとして、森林施業の省力化とデジタル化が挙げられます。これらの基盤となる科学技術を進展させていくことが求められています2)。 東京大学演習林には100年以上の超長期観測データをはじめとした貴重なデータがたくさん蓄積されています。グリーントランスフォーメーション(GX)への社会からの関心と共にそれらのデータアクセスへの需要は高まっていく一方で、森林に関するデータは十分に整備されていないのが現状です。これらのデータを統合的に管理・公開し、異分野間の連携を促進する研究プラットフォームを設計・構築するため、森林のデジタルトランスフォーメーション(DX)にも積極的に取組んでいます。 これまで演習林が収集してきた様々なデータは、森林管理からの観点のみならず、気候変動、生態系保全の観点からも、とても重要な情報資源です。演習林では、これらのデータが様々な学術分野の発展のために活用されることを目指し、数十年後に貴重な歴史的データが廃棄されてしまうことのないよう、持続可能なデータ管理・活用モデルの作成に取り組んでいます。
自然資本の価値を見直してみる

図2 50年後、100年後を見据えた戦略と取組み
気候変動の影響が深刻化している中、森林によって炭素を吸収・固定することがどれほど意味のあることなのでしょうか。自然は多くの恵みをもたらしてくれますが、森林施業が必ずしも経済的にメリットがあるわけではないのが現状です。環境に良い取組みと経済活動が両立できるよう、今様々な活動が行われています。 例えばJ-クレジットはCO2の吸収量を国が認証し、それを企業等が購入することでオフセットすることが出来ます。このような資金循環を促す仕組みづくりは重要です。一方で、科学的に明らかになっていない事柄も多いために、自然資本の価値に対して十分な値段がついていないことも指摘されています。 ある森林施業によって、どれだけ大気中のCO2を吸収・固定(=炭素隔離)することができたか、これを評価する方法がまだ確立されていません。地下部の炭素貯留量はどのくらいか、気候変動の影響を将来的にどの程度緩和できるのかという評価を行っていくことが重要です。 東大演習林で蓄積してきたデータを活用し、50年後、100年後を見据えた超長期での環境影響評価を確立するために、様々なコベネフィット(共通便益)を考慮しながら、自然資本の価値を今一度見直していくことが大切と考えています(図2)。
* Technology Readiness Levelsの略。技術の成熟度を評価するための尺度で、1~9の数字で表される。値が高いほど実証段階に近いことを示している。
引用文献
1) Intergovernmental Panel on Climate Change: IPCC Sixth Assessment Report, Working Group III, Mitigation of Climate Change, 2022.3
2) 徳永友花他:バイオマス・ネガティブエミッション技術の実用化加速基盤研究, JST研究開発戦略センター, 2023.3