【研究紹介】インターネット上のデータで探る植生と文化的生態系サービスの関係
饗庭 正寛(森林流域社会環境学研究室 フォレストGX/DX協創センター)
※本記事は2025年5月10日発行のニュースレターmorikara5号に掲載されます
私たちの暮らしと自然の恵み
現代においても自然からもたらされる様々な恵み(生態系サービス)は私たちの生活に不可欠です。自然から供給される食料、素材や医薬品といった物質(供給サービス)、環境の調整や災害の緩和(調節サービス)、精神的充足やインスピレーションなど(文化的サービス)のいずれが欠けても安全・安心で豊かな生活を営むことは不可能でしょう。気候変動をはじめとして人間活動が自然に様々な影響を及ぼしている中、将来においてもこうした生態系サービスを持続的に享受していくために、その供給プロセスの解明が喫緊の課題となっています。
SNSを活用した文化的サービス評価
生態系サービスのなかでも、レクリエーション、教育、信仰等の場の提供や芸術的インスピレーションの供給といった非物質的な恵みである文化的サービスは、その評価の難しさから研究が遅れていました。私たちは日本における登山・ハイキングの場としての文化的サービスを定量的に評価し、その供給過程において生態系が果たしている役割を解明するために登山愛好家向けソーシャル・ネットワーキング・サービス上に蓄積された471万回の登山記録(図1)を勾配ブースティング回帰木と呼ばれる手法で解析しました1,2)。その結果、登山記録数に最も影響している要因は、標高、気候、周辺人口でしたが、植生の量や質も決して小さくない影響を与えていることがわかりました。
図1 日本(主要四島)における登山記録数の空間分布
植生が登山・ハイキングに与える影響
図2 原生植生率の10%減少が登山記録数によぼす影響の推定
興味深いことに植生が登山記録数に与える影響は他の要因に依存して大きく異なりました。植生の量を示す植被率は交通アクセスの良い地域では強い正の影響を示しましたが、交通アクセスの悪い地域ではほとんど影響がみられませんでした。これは大都市周辺など交通アクセスのよい地域では登山者は植生の量を基準のひとつとして活動地点を選択しているのに対し、交通アクセスの悪い地域では植生の量が多いだけでは登山者は集まらないことを示唆しています。また植生の質のひとつの側面を示す原生植生率は標高の高い地域では正の影響を、低い地域では負の影響を示しました。これは高山植物群落やブナ林など高標高地域の原生植生が登山者の人気を集めているのに対し、広い地域において低地の原生植生である常緑広葉樹林の人気が低いためかもしれません。
植生の改変が登山・ハイキングの場としての文化的サービスに与える影響を推定するために、植被率、自然植生率、原生植生率の3つの植生の指標の10%減少が登山記録数に与える影響を算出しました。上述のようなコンテクスト依存性の結果として植生の影響は地点により大きく異なり、いずれの指標においても25%以上の増加・減少双方の影響が予測されました(図2)。このことから比較的小規模の植生の改変であっても地域の文化的サービスに大きな影響を与えうること、その影響はコンテクストに依存して全く異なるものになる可能性があることがわかりました。この研究を通して明らかになった文化的サービスのこのような性質は、私たちが自然の多面的な恵みを持続的に享受していくための施策を考える上でも十分考慮する必要があるでしょう。
引用文献
1) Aiba, M., Shibata, R., Oguro, M. & Nakashizuka, T. (2019) The seasonal and scale-dependent associations between vegetation quality and hiking activities as a recreation service. Sustain Sci, 14, 119-129. 10.1007/s11625-018-0609-7
2) Aiba, M., Shibata, R., Oguro, M. & Nakashizuka, T. (2023) Variable effects of vegetation characteristics on a recreation service depending on natural and social environment. Sci Rep, 13, 684. 10.1038/s41598-023-27799-7