【研究紹介】バイオロギングが明らかにするコウモリの移動

福井 大(森林圏生態学研究室 富士癒しの森研究所)

※本記事は2024年11月10日発行のニュースレターmorikara4号に掲載されます

動物の「動き」を追う意味

 動物はその名の通り、「動き」ます。どの空間をどうやって、なぜ移動していくのかを明らかにしていくことは、動物にまつわるいろいろな環境問題を扱っていくうえで必要不可欠な課題です。例えば、鳥インフルエンザがどのように地球上に広まっていくのか、外来種がどのように分布域を拡大させていくのか、を明らかにするには、それぞれの対象動物の移動パターンを知る必要があります。また、希少な動物の移動経路と環境の「相関」を見ることで、保全すべき箇所を見極めることができるようになります。 動物の移動を知ることは、従来はとても困難なことでした。特に、広範囲を高速で移動する動物の場合、研究者の視点からの観察では移動の全体像を追うことはできません。ところが、今世紀に入り、動物自身にセンサーやGPSデータロガーを装着する「バイオロギング」といわれる手法が発達し、私たちは動物の視点から移動を知ることができるようになりました。

コウモリという動物

 世界で1,400種以上が繁栄しているコウモリは、哺乳類の中で唯一自力飛翔を行うなかまで、高い移動能力をもっています。病原菌やドラキュラ、廃墟といったイメージがつきまといますが、餌となる昆虫の個体数を抑制したり、熱帯林樹木の種子散布や花粉媒介をしたりと、生態系の中で重要な役割を果たしている動物でもあります。また最近では、主要な生息地である森林環境の変化や開発などで多くの種が絶滅の危機に直面しているとも言われています。 小型で夜間に飛びながら移動するという特徴を持つコウモリは、直接観察による研究が極めて困難です。1990年代以降は、コウモリが発する超音波を私たちの耳でも聞こえるように変換してくれる「バットディテクター」という機械が簡単に使えるようになったため、その存在を容易に知ることができるようになりましたが、あくまで固定的な視点(聴点?)からの観察であるために、移動については断片的にしか知ることができません。 先に紹介したバイオロギングについても、当初は装着するロガー重量が大きく、コウモリに装着できるものではありませんでした。ところが幸いなことに、近年の目覚ましい技術発達により、最近ではわずか数gのGPSロガーが市販されるようになりました。そこで筆者は、2015年頃より同志社大学の研究者らと共同で、ヤマコウモリの採餌移動を追う研究を開始しました。

ヤマコウモリの採餌移動パターン1)

 ヤマコウモリは、日本に生息する昆虫食コウモリの中で最も大型の種で、体重が50gを超えることもあります。普段は大径木にできる樹洞をねぐらとし、昆虫類を捕食していますが、季節によっては小型の鳥類を捕食することも知られています。その翼の形から、長距離を高速で飛翔することが予想され、最近では風力発電所の風車との衝突死が問題となっています。こうした問題を解決するためには、移動実態を理解する必要があるのですが、夜間にどこをどのように移動して何をしているのか、まったくわかっていませんでした。 我々は、北海道旭川市において、数秒おきに位置情報を取得し、同時に超音波音声を録音できるロガーをヤマコウモリに装着しました(図1)。コウモリは、餌を捕食する際に独特の超音波音声を発するため、位置情報と同時に音声を録音することで採餌した場所がわかるのです。数日後、ロガーを回収することに成功し、その中には、1時間弱の飛行軌跡と採餌のタイミングがデータとして収められていました。ヤマコウモリはこの1時間弱の間に、山地、河川、市街地と異なる環境を飛翔していましたが、山地では地上から300mを超える高さを飛翔していました。一方で、河川では水面すれすれまで降りてきており、これは水を飲むためと考えられます。また、市街地と比べて山地と河川で頻繁に(1分間に3回前後)採餌を行っていることもわかりました(図2)。飛翔速度は時速20km前後で時には時速30kmを超えていました。 単純な移動軌跡だけでなく、環境による飛翔高度や速度、採餌頻度の違いに関する情報の蓄積は、コウモリという動物がとる移動戦略の理解につながると同時に、風力発電施設の適切な設置や保全策に対する提言につなげられます。

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図 1 ロガーを装着したヤマコウモリ

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図 2 ヤマコウモリの飛翔軌跡と採餌場所

引用文献

1)Niga Y, Fujioka E, Heim O, Nomi A, Fukui D, Hiryu S. (2023) A glimpse into the foraging and movement behaviour of Nyctalus aviator; a complementary study by acoustic recording and GPS tracking. R. Soc. Open Sci. 10: 230035.