【研究紹介】自然とのふれあいを支える社会の仕組み「自然アクセス制」

齋藤 暖生(森林圏生態社会学研究室 樹芸研究所)

※本記事は2024年5月10日発行のニュースレターmorikara3号に掲載されます

 春には花見、秋には紅葉狩り。季語とともに俳句に詠まれる自然の移ろい。日本の文化には、自然を愛でる心が息づいています。伝統的な日本文化には、自然とのふれあいが多く見つけられます。  
 自然とのふれあいは誰もが自由にできる、と考える方も多いでしょう。昆虫を追いかけて育った私も、長い間そう考えていました。私がこれまで取り組んできた研究の一つに、山菜・キノコ採りの研究があります。調査のために各地をめぐる中で、地域外からの山菜採りや、森林への立ち入り自体を禁じている例(図1)を目にしました。  
 日本の法律では、原則として土地にかかわる権利は全てその土地所有者にあります。したがって、山菜やキノコを採る権利も、その土地に立ち入る権利も、土地所有者のものです。図1のように土地所有者がその権利を主張するのは、正当なことです。野山には所有者が必ずいます。誰もが自由に自然にふれあうことは、法律上は当たり前のことではなく、土地所有者が権利主張しないことで可能になっていた、ということなのです。  
 自然とのふれあいは、文化を形成するだけでなく、環境保全や自然共生が課題となっている現代において、政策選択や日常の行動変容のためにも、大事な一歩です。社会の仕組みとして、自然とのふれあいをどのように保っていけるでしょうか。この数年間、共同研究者とともに取り組んだ研究を紹介したいと思います。

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図 1 所有者が立ち入りを禁じる看板を掲げた森林

国によって異なる仕組み

 自然とのふれあいを可能にする社会的な仕組みを「自然アクセス制」と呼びます。日本の例でいうと、野山にアクセスする権利はその所有者に限定されるものの、所有者が黙認あるいは意図的に開放する場合に所有者以外もアクセスできる仕組みだ、ということになります。
 他の国ではどうでしょうか。共同研究者とともに調査できたのはヨーロッパの数カ国とアメリカだけですが、それでも、国によってずいぶんと事情が異なることが分かりました1)
 ノルウェー、スウェーデン、フィンランドでは、「万人権」と呼ばれる権利が各種法律の中で認められていることが特徴です。土地を所有していなくても、誰もが自然にアクセスする権利があり、立ち入るだけでなく、ベリー類やキノコを採ることもできます。この権利は、古くから続く慣習に由来しますが、いまも守るべき権利としてそれぞれの国で尊重されています。
 イギリスでは、かつて土地所有者以外の自然アクセスが否定された時代がありました。アクセスを望む市民たちが実力行使や政治運動を重ね、1930年代に特定の小径を誰もが歩ける権利を、2000年にはコモンズ(地域の農民が共同で使ってきた土地)に自由にアクセスできる権利を法制化してきました。
 アメリカは、日本と同じように土地所有者に原則的に全ての権利があります。それを前提に、国や公共団体が自然公園のために土地を収容するほか、所有者に土地を開発する権利を放棄してもらうことで誰もがアクセスできる自然地を確保する仕組みが作られてきました。

自然アクセス制をはぐくむ自然アクセス

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図 2 ベリー摘みを兼ねて散策に訪れた家族

 自然アクセス制には課題もあります。誰もが自由にアクセスできるとなると、度を越して自然を傷つけてしまったり、土地所有者や他の人への迷惑行為も起こったりしそうです。  
 もっとも自由な自然アクセス制を持つスウェーデンを例に見てみましょう。まず、万人権が及ばない土地として、自然保護地や民家の近傍などが法律の中で規定されています。つまり、一定のルールが存在します。さらに、自然を享受する人が問題を起こさないような行動をとるよう、つまりマナーを定着させようと、国をあげた啓蒙が行われてきました。  
 私は、マナーのあり方や由来に興味を持ち、共同研究者とともにスウェーデンでアンケート調査をしてみました2)。現地で自然にアクセスしている人々は、環境保全に関して特に意識が高く、問題への遭遇経験はわずかでした。興味深いことに、自然にアクセスする時の知識や意識は、幼少期に家族と共に自然にアクセスをすることによって醸成されてきた可能性が高いことがわかりました(図2)。  
 スウェーデン以外でも、日常的に自然にふれあうことでマナーが保たれ、アクセスする場所の整備活動につながる例も見えてきました1)。日常的な自然アクセスがあることで、自然アクセス制が良好に保たれているようなのです。今後も、人と自然をつなぐ社会的装置である自然アクセス制に着目した研究を続けていきます。

引用文献

1)三俣学編著(2023)自然アクセス:「みんなの自然」をめぐる旅.日本評論社
2)Saito, H et al. (2023) People's outdoor behavior and norm based on the Right of Public Access. JFR, 28:1, 19-24