【研究紹介】地球温暖化は山岳地域の森林樹木にどんな影響を与えるのか?
後藤 晋(森林圏生態学研究室 田無演習林)
※本記事は2024年5月10日発行のニュースレターmorikara3号に掲載されます
山岳地域の森林樹木の代表
皆さんは「ダケカンバ(岳樺)」という樹木をご存じでしょうか?この樹木は、その名が表す通り、山岳地域に優占する落葉広葉樹で、登山が好きな方なら見たことがあるかもしれません。日本では北海道全域、本州や四国の山岳地域に広く分布します。現在、ダケカンバはどこででもみられる樹木ですが、今後、地球温暖化が進行すると山岳地域の生息適地が小さくなることが予測されるため、資源減少や地域集団の消失が危惧されています。
共同研究スタートの経緯
「全国大学演習林協議会」では、演習林を有する27大学が加盟しており、組織的な教育・研究活動を行っています。その活動の一つに、大学間の共同研究というものがあります。2014年、「全国スケールの相互移植による気候変動が樹木に及ぼす影響モニタリング」というテーマが提案され、東京大学を含む9大学による共同研究が開始されました。この共同研究では、ダケカンバの天然分布域全体にわたる11産地から種子を採取し、育成した苗木を用いて、北海道から宮崎までの11サイト(植栽地)に同じセットの苗木(11産地、合計183本)が植栽されました(図1)。このように、異なる産地に由来する種子をいくつかのサイトに植栽して、産地間で生存や成長を比較する試験林を産地試験林といいます。
図 1 ダケカンバ産地試験林の種子産地(▲)と植栽地(●)の位置図
産地試験データの使い道
図 2 名寄サイト(上)と八ヶ岳サイト(下)に植栽した能郷白山産のダケカンバ。同一産地にもかかわらず、樹高が全く異なる。3成長期が過ぎた2022年8月に撮影したもの。
もともと産地試験林は、造林樹種の植栽地に適した種子産地を選ぶために設定されたものです。この当初の目的は達成されたところも多いため、もはや「用済み」になったかというとそんなことはありません。これらの産地試験林は、「植栽地の気温」から「種子産地の気温」を引くことで、「温暖化」を模倣した移植実験と捉えることができるのです。11産地×11サイトで構成される本研究では、121パターンの温暖化(一部、冷涼化)がダケカンバの生存や成長に及ぼす影響を評価することができます(図2)。ヨーロッパブナなどでは、2~3℃の気温上昇では成長が良くなるという結果も多いのですが、ダケカンバでは、同程度の気温上昇でも成長が低下することが分かりました1)。
産地試験林で得られた成果
この産地試験林の各サイトでは、毎年、生存調査や樹高・直径などのサイズ測定が行われています。また、多くの学生が遺伝解析・生理分析・形態解析などを行い、学位論文に関わる研究に取り組んでいます。それらの成果の一つとして、天然分布の南限や森林限界の産地集団に由来する苗木は、いずれも個体サイズが小さく、遺伝的多様性が低いことが示されました。ただし、これらの南限と森林限界の産地に由来する苗木では、成長低下の遺伝的メカニズムがそれぞれ異なることが明らかになりました2)。また、東大演習林に所属するAye Myat Myat Paingさんの博士論文では、温暖化がダケカンバの生存や成長に及ぼす影響をモデル化するとともに、そのモデルをWorldClim(2080~2100年)の将来予測に当てはめて、ダケカンバの生息適地がどの程度減少するのか、現地での保全が可能なのかどうか、について検討をしているところです。今後も、この産地試験林を用いた新しい研究成果が出てくることを期待しています。なお、本研究を進めるにあたり、ダケカンバのコンテナ苗生産を実施した東京大学北海道演習林樹木園、各サイトの管理や測定を実施して下さっている皆さまに改めて感謝を申し上げます。本研究は、全国大学演習林協議会の共同研究スタートアップ支援、KAKENHI(21H04732)の資金援助を受けて行われました。
引用文献
1)Aye Myat Myat Paing (2022) Evaluating the effects of global warming on survival and growth of Betula ermanii based on range-wide provenance trials. A thesis for the degree of Master, The University of Tokyo, 55pp 2)Aihara et al. (2023) Divergent mechanisms of reduced growth performance in Betula ermanii saplings from high-altitude and low-latitude range edges. Heredity 131: 387-397