【研究紹介】大雨時の山地流域におけるピーク生起時刻の遅れは斜面ではなく主に河川で生じる

浅野 友子(森林流域管理学研究室 生態水文学研究所)

※本記事は2023年11月10日発行のニュースレターmorikara2号に掲載されます

山地森林流域に降った大雨はどのように流出するか?

 山地森林流域ではまとまった雨が降ってもほぼ全ての降雨はいったん地中にしみ込み、斜面の表土層や風化基岩中を移動して河川に達し、合流しながら河川を流れ下って流域から流出します(図 1)。降雨の波形(時間変化)は河川流量の波形に変わりますが、その際ピークは低くなり、ピークのタイミングは遅れることから、 森林流域には洪水流出を緩和する機能があると言われています。これまで、主に中規模降雨時の観測結果にもとづき、山地森林流域で降雨のピークを遅らせるのは斜面での水移動であるとし、洪水予測が行われてきました。しかし、大雨時については観測データの取得が困難で、流域内に広がる斜面の応答速度を定量化する方法がなかったことなどから、実態がわかっていませんでした。

斜面と河川で降雨ピークの伝播速度を定量化

 南伊豆町にある樹芸研究所青野研究林の 4.5㎢ の流域内の 16 箇所で 1 分間間隔の水位観測を行い、それぞれの地点でピークの生起時刻を測定し、降雨ピークに対する水位ピーク生 起時刻の差から遅れ時間(以下、「ピーク到達時間」)を求めました(図 1,2)。また、各水位調査地点について詳細な地形情報を用いて斜面長や河川長の空間分布を評価し、ピーク到達時間と比較しました。すると、1 年~数年に 1 度の確率で生じる大雨時には、ピーク到達時間は河川長が長いほど遅くなる直線的な関係があり、その直線を河川長ゼロの場合に外挿すると、 ピーク到達時間はゼロに近い値となりました。 その一方で、ピーク到達時間と斜面長との関係は見いだせませんでした。このことから、累加雨量が大きくなり流域が十分湿潤な状態になると、斜面ではピークの遅れがほとんど生じず、 遅れはほぼ河川の流下過程で生じることが明ら かとなりました 1)
 この観測結果から斜面でのピークの伝播速度を定量化する新たな方法を開発しました。1 年 ~数年に 1 度の大雨時においては、斜面でのピーク到達時間は 2 分以内で、斜面長をピーク到達時間で除して求めた斜面でのピーク伝播速度は最大で 4.3m/s でした。このピーク伝播速度は、これまで観測されてきた水分子が地中を移動する速度に比べて 2 倍~ 1 桁以上早いものでした。このことから、斜面が一定程度湿 潤な状態になると降雨ピークは主に圧力水頭の伝播によって速やかに斜面を伝わり、河川に一斉に水がもたらされると推定されます。斜面でこのような現象が生じていることは、近年、理論的には予測されてきてはいましたが、現地観測で明らかにしたのはこれらの研究がはじめてでした 2)。大小の礫からなる山地河川は、下流の河川と比べて水が流れにくいため、増水時も流速が増加しにくく、水深が上昇しやすい特徴があります。このような山地河川の特徴も、ピークの遅れが斜面ではなく主に河川で生じた理由の一つと考えられます。

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図 1 山地流域の主な地形要素、斜面と河川における水移動と降雨、 流出波形の概念図

気候変動に直面するなかでの洪水予測精度向上にむけて

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図 2 東京大学樹芸研究所の調査流域の地形と水位観測地点(赤丸)写真は河川の様子

 以上の結果は大雨時に雨量がある一定量を超えたとたんに、斜面での水移動のしくみが急にそれまでとは異なるものに変化することを示しています。つまり、今まで採用してきた仮定の延長線上では、大雨時の流出現象を予測できないことを意味します。気候変動に直面し、これまで経験したことのない気象条件下で山地からの流出を予測し、洪水や土砂災害を防ぐには、大雨時の水移動のしくみを理解したうえで、予測モデルに反映させていくことが急務です。ま ずは大雨時の水位や流量データを確実に取得し、現象理解をすすめていくことが重要です。 東京大学演習林では、降水量、流出水量の観測を行い、データを蓄積してきています。
 ご紹介したのは、内田太郎さん(筑波大学)、 友村光秀さん(株式会社 気象工学研究所)との共同研究の成果でこのたび日本森林学会賞を受賞しました。推薦、選考してくださった方々、 ご協力いただいた演習林の教職員、学生の皆様に深く感謝します。

引用文献

1) Asano Y., Uchida T. (2018)The roles of channels and hillslopes in rainfall/run-off lag times during intense storms in a steep catchment. Hydrological Processes. 32: 713-728 
2) Asano Y., Uchida T., Tomomura M. (2019) A novel method of quantifying catchment ‐ wide average peak propagation speed in hillslopes: fast hillslope responses are detected during annual floods in a steep humid catchment. Water Resources Research, 56, e2019WR025070