【研究紹介】樹木は微生物の感染からどう身を守るのか?

楠本 大(森林生物機能学研究室 千葉演習林)

※本記事は2023年11月10日発行のニュースレターmorikara2号に掲載されます

樹木も病気に!感染を防ぐ防御機構とは

 皆さんは樹木も病気になることをご存知でしょうか?樹木の生育環境には常に菌類や細菌類などの微生物が存在しており、たいてい木が弱ると、こうした微生物が内部で広がって病気になります。逆に、樹木が元気であれば、微生物は樹木の防御機構に阻まれて、感染しないか小さな病斑を形成するだけで治まります(もちろん例外もあり、木が健全でも様々な条件がそろえば病気になることはあります)。樹木の防御機構は、大きく恒常的防御(感染前から備わっている防御機構)と誘導防御(感染後に発現する防御機構)に分けることができますが、微生物感染においては特に誘導防御が重要な役割を果たしています。
 誘導防御には、感染後数分で起こる反応から数日経たないと起こらない反応、感染部から 1 mm以内で起こる反応から数十cm離れていても起こる反応まで、時間・空間的に多様な防御反応が存在し、感染状況に応じて適宜誘導されていきます。最後には、感染部と健全部の間にフェノール類やテルペン類、リグニンなどの化学物質が蓄積した層で壁を作ることにより感染拡大が停止します。このように、動かない樹木であっても細胞レベルでは微生物との活発な攻防が行われているのです。

マツ枯れで枯れる日本のマツ、防御は効いていないのか?

 マツ材線虫病(通称マツ枯れ)は、マツノザイセンチュウという体長 1 mm程度の線虫によって引き起こされるマツの伝染病です。100 年以上前に北米から持ち込まれた侵入病害で、不運なことに日本のクロマツやアカマツはマツノザイセンチュウに対する抵抗力が非常に弱かったため、ほとんどのマツ林が壊滅的な被害を受けました。
 それでは、線虫に感染したマツの中で防御反応が行われていないのかというとそうではあり ません。線虫を苗木に接種すると、感受性マツの樹皮や材の柔細胞(生きた細胞のこと)でリグニンやフェノール類の蓄積がみられます。しかし、線虫は、マツが化学物質で壁を作る前に防御途中の細胞を破壊して、移動してしまいます(図 1)。そのため、防御の壁は断片的にしかできず、感染拡大を防ぐことができないのです 1)。一方、国内ではこれまでに、線虫を接種しても枯れにくい抵抗性品種が複数開発されています(演習林でも抵抗性アカマツを開発し、2 家系が品種登録されています)。このうちの抵抗性クロマツ 1 品種を使って調査したところ、線虫の移動は感染直後から感受性品種よりもゆっくり起こるため、リグニンの合成が間に合い、連続した壁で取り囲むことができることが分かりました 1)。このように効果のある防御反応が具体的に示されたことで、今後はより焦点を絞った品種開発が可能になるかもしれませ ん。

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図 1 線虫接種した感受性クロマツ苗の蛍光顕微鏡写真 線虫(丸い緑色の蛍光)が柔細胞を破壊して広がっている様子が見て取れます。

樹木の防御反応を誘導するエチレン

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図 2 ソメイヨシノの枝でみられた樹脂(ガム)流出 ストレスを受けた時に作られるエチレンによって樹脂生産が誘導されます。

 植物の誘導防御は、今まさに加害されている細胞だけで起こるわけではなく、隣接している未加害の細胞や、防御の種類によっては数十 cm離れた細胞でも起こります。これには、加害された細胞やその周囲の細胞で作られる情報伝達物質が関与することが分かっています。情報伝達を担う物質としては様々な化学物質が知られていますが、特に長距離まで情報伝達する物質としてはエチレン・ジャスモン酸類・サリ チル酸の 3 つの植物ホルモンが代表的です。
 私たちはこれらの植物ホルモンが樹木の防御反応にどのように関わるのかについても研究しています。例えば、元々樹脂道を持っていない樹種でも、傷などのストレスによって傷害樹脂道の形成や樹脂の流出が起こることがあります(図 2)。私たちはヒノキやサクラなどの樹木を使って、傷害樹脂道や樹脂生産がエチレンによって直接的に誘導されること、樹種によってエチレン濃度に対する反応が違うことなどを明らかにしました 2、3)。このような研究は単に防御反応の生理特性を明らかにするだけでなく、 樹木とそれを加害する生物との間の防御・加害 戦略を理解することにもつながります。

引用文献

1) Kusumoto D, Yonemichi T, Inoue H, Hirao T, Watanabe A, Yamada T (2014) Comparison of histological responses and tissue damage expansion between resistant and susceptible Pinus thunbergii infected with pine wood nematode Bursaphelenchus xylophilus. J For Res 19: 285-294.
2) 楠本大・鈴木和夫(2001)エスレル処理による ヒノキ科樹木の傷害樹脂道形成の誘導.木材学会 誌 47: 1-6.
3) Carolina A, Kusumoto D (2020) Gum duct formation mediated by various concentrations of ethephon and methyl jasmonate treatments in Cerasus × yedoensis, Prunus mume and Liquidambar styraciflua. IAWA J 41: 98-108.