【研究紹介】過密ヒノキ人工林における切置き間伐が水流出特性に及ぼす影響

田中 延亮(森林流域管理学研究室 北海道演習林)

Mohd Ghaus Ibtisam Binti(森林流域管理学研究室 博士課程)

※本記事は2023年5月10日発行のニュースレターmorikara1号に掲載されています

切置き間伐

 人工林の間伐は、残存木の成長を促すことを主目的としていますが、同時に、水源涵養、生物多様性保全、土壌保全といった森林の諸機能を強化するものとしても期待されています。そのうち人工林間伐による水源涵養機能への影響については、国内外を問わず科学的知見が蓄積されてきました。一方、現在、日本各地で人工林の間伐が進行していますが、それらは間伐材を林地から持ち出して木材として利用する「利用間伐」と間伐材を林地に残置する「切捨て間伐」に分けることができます。愛知県豊田市1)では、斜面での土壌保護を目的として、切捨て間伐した木材の丸太を斜面上に等高線に沿って並べる「切置き間伐」という方法が実践されてきました。切置き間伐は、植栽されてから除伐や間伐が入っていないヒノキ人工林のように、林床が暗くて下層植生が貧弱で、土壌が露出しているような林地での間伐時には有効な手段といえるかもしれません。研究者サイドとして大事なことは、間伐の方法によって、重機の使用状況、作業道・集材路の敷設状況などが異なり、結果として土壌への攪乱の度合いが大きく異なるため、上記の間伐による水源涵養機能の影響に関する科学的知見の蓄積や整理は、個別の間伐方法に対応して行わなければならないということです。昨年度提出した修士論文2)において、切置き間伐が水流出特性に及ぼす影響を調べることができましたので、ここではその内容を速報します。

野外実験「対照流域法」

 実験手法として、森林水文学の分野では古くから知られている対照流域法という野外実験を用いました。この野外実験では、最低でも数年間、隣接する二つの山地小流域からの水流出量を比較観測し、まず両小流域の水流出量の関係を把握します。その後、一つの流域だけに間伐等の処理を加えて、引き続き、両流域の水流出量の比較観測を行い、処理後の両流域の水流出量の関係が、処理前と比較してどう変化するかを解析するものです。したがって、対照流域法では、欠測の少ない良質の水流出量データを最低でも5 年間取得することが大事です。ここでは、愛知県下の間伐期を迎えたヒノキ人工林に展開された二つの流域(対照流域、処理流域)で2016 年から取得した水流出量データを用いました。二流域のうち処理流域では、20201 月から3 月にかけて、本数間伐率で40%の定性間伐(成長や形状の良否などから選木して間伐すること)が行われ、丸太は斜面上に等高線に沿って並べられ切置き間伐されました(図1)。

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図1 間伐後に斜面上に等高線に沿って並べられた丸太(愛知県豊田市大洞市有林内の大洞試験地)

間伐影響

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図2 処理流域と対照流域の年流出量の関係の間伐前後の比較

 処理流域における年間の水流出量が間伐前後でどれだけ変化したか見ていきましょう。図2は、処理流域と対照流域の年流出量の関係を間伐前後で比較したものです。図2 には、間伐前の両者の関係として、3 年分のデータとそれらを回帰した直線とその95%信頼区間が示されています。間伐後の2 年分のデータは、間伐前の関係を示す回帰直線よりも上にプロットされましたが、95% 信頼区間の範囲内にありました。これは統計的には有意ではないが、間伐によって年流出量、すなわち流域から生ずる総水資源量が増加したことを示しています。その増加量は、間伐後1 年目102 mm/year で、間伐後2 年目で79 mm/year でした。
 一年を通して水流出量は増減を繰り返しますので、下流で河川水を水資源として利用する私たちにとって、上流の人工林間伐による年流出量の増加がどのタイミングで起きたかも興味のあるところです。紙面の関係上、詳細は省略しますが、両流域の5 分間隔で取得された水流出量データを細かく解析したところ、間伐後1年目と2 年目に共通して、渇水期の処理流域の水流出量が増加していること、つまり、切置き間伐によって渇水のリスクが軽減されることがわかりました。間伐後の時間経過と共に、残存木の成長や林冠の閉鎖が進みます。そのため、現在は、上で述べたような切置き間伐に伴う水流出特性の変化が間伐3年目以降どのように変化するのかについて、追跡調査しています。

引用文献

1) 豊田市(2022)令和3 年度版豊田市森づくり白書.

2) Mohd Ghaus IB (2023) Effects of non-commercial thinning on runoff characteristics in a dense Japanese cypress plantation. Master Thesis in Department of Ecosystem Studies, Graduate School of Agricultural and Life Sciences, The University of Tokyo.