【研究紹介】100年を超えて測定を続ける千葉演習林の人工林試験地

當山 啓介(森林圏生態社会学研究室 千葉演習林)

※本記事は2023年5月10日発行のニュースレターmorikara1号に掲載されています

森林の成長を捉え続ける長期試験地

 森林や木材は歴史上、現代の我々が認識している以上に重要で不可欠な資源でした。江戸時代までの日本にも、森林を区画分けして順番に収穫する、有用な木の本数を数えて収穫量を加減するといった、現実的で理に適った森林管理方法は存在しました。しかし、明治時代になって日本が近代化や富国強兵を推し進める中で、西洋の手法・論理を林業に導入し、森林の持つ生産力を積極的かつ持続的に活用することが期待されました。まず植林により、価値が高い、成長が良いといった樹種の人工林づくりが推進されました。その際、森林(樹木)の資源量や成長を正確に把握できれば、資源を枯渇させずに持続可能な形で利用することができます。また、森林の成長速度の推移を解明することで、植林後何年目くらいに収穫するのが最も有利かなどが初めて分かり、森林資源をさらに高度に活用できると期待されました。
 そのような文脈で、1894(明治27)年創設の日本最古の大学演習林である千葉演習林には、樹木を定期的に測定する多数の試験地が設置されてきました。特に1916(大正5)年に「森林試験測定地」として設置された21 区の試験地群では、基本的に5 年間隔で測定が続けられ、スギやヒノキの人工林の長期的な成長という基礎的データを提供してきました。後に教授となった吉田正男への献名で「吉田試験地」と通称されているこの試験地群は、区画廃止や追加を経て現在も10 区画で測定が続けられており、直近の2021 年の測定によって最長で105 年間・23 回の測定データが蓄積されています。

試験地測定のあれこれ

 ある区画内にある一定サイズ以上の全ての樹木個体を個体識別して、その樹種や個体サイズ等を記録するのが、森林の試験地の代表的な姿です。個体番号については、番号札や番号テープを樹木につけるやり方も一般的ですが、歴史の古い千葉演習林の試験地は伝統的に、墨と筆で幹に番号を記入する作業を継続してきました。つい最近、墨汁使用から白ペンキ使用に改めましたが、林内で各個体を一瞥して判別できる状態を整え、取り違えのない継続的調査を担保しています(図1)。
 樹木の個体サイズを示す最も基礎的な指標は幹の太さですが、地面の近くでは幹が非常に膨らむ場合もあって指標として相応しくないため、通常、地面から1.2m 1.3m といった一定の高さの太さである「胸高直径」を用います。「吉田試験地」では測定時に、個体番号に加え、直径を測る位置である胸高線という水平のラインも上塗りを繰り返してきました。つまり、当初の測定位置と同じ位置で直径測定を続けているわけですが、この胸高線が現在の地面にとても近い高さにある場合が多く見受けられます。100 年の間には地面もかなり変動しているということも、短期間では得られない情報です。

morikara1_research1_fig1.jpg
図1 「吉田試験地」で個体番号と胸高線を塗り直す作業

長期試験地の役割と演習林

morikara1_research1_fig2.jpg
図2 「吉田試験地」10 区の平均胸高直径(cm)の推移1)

 植栽後に数十年経った人工林は、成長速度が大きく鈍化すると想定されることが多いのですが、「吉田試験地」では図2 のように、120 年生前後となった現在でも良好な成長を維持しています1)。この10 区だけで高齢人工林の全容を代表できるとはいえませんが、超長期データならではの知見です。
 明治以降の近現代日本の歴史の中では、花粉症や生物多様性といった新たな論点も多く生じ、同一樹種の苗木を一気に植林する一斉人工林を広めすぎたという反省もなされ、様々な林業・森林管理の形も模索されてきました。一方で、日本の森林面積の約4 割は植林による人工林で、現在は木材生産の大部分を人工林が担っています。また、森林による炭素固定量の大きな割合を人工林が占めており、気候変動対策の観点からも人工林の役割は引き続き大きい状況です。そのような社会情勢や森林への期待の変化に適切に対応するためにも、判断材料となる客観的なデータは不可欠です。ただ、数十年、百年といった超長期的にデータ収集と管理を続けることには独特の難しさもあります。東大演習林では人工林試験地を含めて様々な長期的測定を行っており、着実なデータ収集・管理に加え、データの整理や公表にも組織的に取り組んでいます。

引用文献

1) 當山啓介・大石諭・藤平晃司・里見重成・中島徹・龍原哲(2023)東京大学千葉演習林のスギ・ヒノキ高齢人工林成長試験地における約100 年間の成長資料. 演習林(東大)67:1-17.