【研究紹介】森のあらゆる場所を使いこなすコウモリ

福井 大(森林圏生態学研究室/北海道演習林 助教)
2015年6月18日


研究内容

コウモリといえば洞窟や廃墟に住んでいるイメージがありますが、実際には森林内の樹洞や樹皮下などをねぐらとして利用する種も多く存在します。最近では、枯れて丸まった状態で枝にぶら下がっている葉っぱを利用する種や、時期や性別によって洞窟と樹洞を使い分ける種の発見により、コウモリによるねぐら資源の利用形態が想像以上に複雑なものであることが分かってきています。

コテングコウモリMurina ussuriensisは体重5g前後と大変小さく、日本では北海道から屋久島に広く分布しています。森林内でよく捕獲されることから、森林にその生息環境を強く依存していると考えられていますが、その詳細な生態については断片的な情報しかありません。10年ほど前まではねぐら環境すら分かっていなかった本種ですが、近年になって枯葉内部を頻繁に利用することが分かってきて、コツさえ掴めば比較的容易にそのねぐらを発見できるようになりました。ところが、そうやって見つけたねぐらを利用しているのは決まってオスか非繁殖メスで、彼らがいつ、どこで、どのように出産と子育てを行っているのかは依然わからないままでした。

そこで我々は、ラジオテレメトリー法によって、子育て中のメス(繁殖メス)の行方を追うことにしました。屋久島の森で、夜間に捕獲した繁殖メスに小型の電波発信機を装着し、日中に発信機から出る電波を頼りにねぐらを探しました。その結果、枯葉内部だけでなく、樹洞や生葉の下、地上すれすれの板根の隙間など、想像以上に多様な環境をねぐらとして利用していることが分かりました。さらに、毎日ねぐらを替えていることや、同じねぐらを利用する個体の数やメンバー構成が日によって大きく変動することなど、他のコウモリ類の出産哺育時期では見られないような生態が見られました。これらの結果は、コテングコウモリがその幅広いねぐらニッチを背景に全国の森林に分布を拡大してきた可能性や、強い社会性を有する可能性を示唆するものです。

森林生態系における重要な捕食者で、日本の哺乳類の中で最も多様な分類群であるコウモリですが、このような研究で詳細な森林環境利用特性を明らかにしていくことで、野生動物との共存に配慮した森林管理手法のための基礎情報としていきます。


図表

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図1 日本産コウモリの中でも最小のコテングコウモリ

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図2 サザンカの枝の下で母子合計23頭が群塊をつくって休息する


発表文献

Fukui D, Hill DA, Matsumura S (2012) Maternity roosts and behaviour of the Ussurian tube-nosed bat Murina ussuriensis. Acta Chiropterologica 14: 93-104.

Kawai K (2015) Murina ussuriensis. in "The Wild Mammals of Japan 2nd edition (Ohdachi SD, Ishibashi Y, Iwasa M, Fukui D, Saitoh T eds.)", Shoukadoh, Kyoto.