鎌田直人の研究紹介 02

ブナ種子の豊凶と種子食性昆虫 (捕食者飽食仮説)


研究の内容
試験地
共同研究体制
研究助成
参考書
もっと詳しく知りたい人のために
ハイパー図鑑−ブナの種子食性昆虫

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研究の内容

Mastingとは
 樹木には種子生産量に年次変動が大きい種が存在することが知られており、マスティング(masting)とか、mast seedingなどと呼ばれています。

捕食者飽食仮説とは
 
捕食者飽食仮説は、masting現象の究極要因のひとつであり、「種子が非常に少ない年をつくることによって捕食者の密度を下げておき,翌年たくさんの種子を生産すると,捕食者の増加率が追いつかないために捕食から逃れて健全な種子をたくさん残すことができる」というものです。

Mastingと昆虫の食害
 1988年から10年間、北東北のブナ林で調査した結果、昆虫の食害は、ブナ種子の中絶(abortion)の中で高い割合を占め、落下する健全な種子の数を決定する重要な要因としてはたらいていました。
 ブナの種子を加害する昆虫として、26種の鱗翅(チョウ)目昆虫、1種の双翅(ハエ)目昆虫が見つかりました(ハイパー図鑑−ブナの種子食性昆虫を参照)。これらのうち、3種の鱗翅目と1種の双翅目はブナの種子のみを加害するブナ種子のスペシャリストと推測されています。他の種は、ふだんは葉を食べる葉食性昆虫が機会的に殻斗や種子を加害します。
 ブナヒメシンクイ、ナナスジナミシャク、ブナメムシガ(仮称)の加害量が多く、この3種で90%以上を占めます。とくに、ブナ種子のスペシャリストであるブナヒメシンクイの加害は虫害の50〜80%にもなります。また、石川県などの調査ではブナメムシガが少なく、かわりにブナキバガ(仮称)の割合が高くなる場合があります。消雪時期と開葉時期の相対的な早さが、これらの昆虫群集の構造に関係しているものと推測しています(積雪傾度仮説)。
調査の結果、前年よりもブナが開花数を増やしたときに昆虫の加害率が低下しました。この結果は、捕食者飽食仮説を支持しています。散布前の昆虫の食害が密度逆依存的に働く結果、健全落下種子数には、総生産種子数よりも、より強い豊凶パターンと、より強い地域間の同調性がつくりだされていました。健全種子数に作り出された強いmastingは、種子散布後の捕食者からエスケープする際に、より有効に働いていると考えられます。

種子食性昆虫群集
 一方、昆虫の側から見ると、種子のように量的に有限で変動が激しく予測困難な資源を、複数の昆虫がどのように利用しながら共存しているのかという問題は、生態学的にきわめて興味深いものです。開花数の少ない年に虫害率がほぼ100%に達することは、資源をめぐる激しい競争が生じていることを示唆しています。
種子は秋に落下することによって毎年必ずリセットがかかるため、種子食性昆虫群集の構造は、春に開花したあと構成種によって繰り広げられる「椅子取り競争」でほぼ一義的に決定されることが予想されます。もしこの仮説が正しければ、春先に最初に摂食するナナスジナミシャクが優占種となるはずですが、実際はそうはなっていません。
 ナナスジナミシャクやブナメムシガは、卵で越冬します。したがって、孵化した幼虫が雌花を探して歩かなければなりません。移動性や餌探索能力が必ずしも優れているとはいえない鱗翅目幼虫にとって、みずから歩いて餌を探すことは、リスクが高いと考えられます。
ブナヒメシンクイが最優占種になりうるのは、蛹で越冬し、移動能力の高い成虫が雌花や殻斗を探索して産卵する生活史特性をもつブナ種子食スペシャリストの中でもっとも早い時期に出現するためであると考えられます。また、成虫の産卵数が多いためにブナの開花数の変動に追随できることも、優占種の条件になっているかもしれません。

積雪傾度仮説
 ブナの種子食性昆虫の群集には、場所によって群集構成に違いが見られます。この原因について、現時点では以下のように予測しています。
 ブナヒメシンクイは蛹で落葉層中で越冬するため、積雪がなくならないと羽化できません。したがって、ブナの開葉時期と消雪時期の相対的な関係で、群集中に占めるブナヒメシンクイの割合が変化しているのではないかと考えられます。これを「積雪傾度仮説」と呼んでいます。
 石川県白山周辺では、標高1000mと1100mのプロットではブナヒメシンクイよりも早い時期に摂食するナナスジナミシャクとブナメムシガで虫害の30〜45%を占めていたのに対し、標高の低い450mのブナ林では3%に過ぎませんでした。雪の少ない場所では、ブナヒメシンクイやブナキバガ、ブナミタマバエなど、蛹越冬型の昆虫の出現時期が、早くなっていました。標高の低い450mのブナ林では、ブナヒメシンクイやブナキバガの割合が高くなりました。単年度のデータですが、雪の少ない地方でブナメムシガが少なくブナキバガの割合が高くなりました。
 今後は、ブナメムシガが少ない原因が、ブナヒメシンクイやブナキバガとの競争の結果なのかどうか、それともブナメムシガが積雪傾度に単独で反応した結果なのかを調べる必要があります。また、もし競争の結果だとしたら具体的にどのような競争が起こっているのか興味深い問題です。

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試験地
・北海道厚岸町 北海道大学理学部附属厚岸臨海実験所(協力 北海道大学教授 向井 宏先生)
・北海道七飯町 北海道森林管理局ガルトナー・ブナ林(共同研究者 北海道立林業試験場道南支場)
・青森県 八甲田山(1988〜1997)(1995年までは森林総合研究所東北支所 五十嵐 豊 元昆虫研究室長が中心となって研究)
・青森県 白神山地(協力 東北森林管理局)
・秋田県 八幡平(1988〜1997)(1995年までは森林総合研究所東北支所 五十嵐 豊 元昆虫研究室長が中心となって研究)
・岩手県 安比高原(1988〜1997)(1995年までは森林総合研究所東北支所 五十嵐 豊 元昆虫研究室長が中心となって研究)
・石川県 白山(共同研究者 石川県林業試験場 小谷二郎 研究員)

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共同研究体制
・元 森林総合研究所東北支所 五十嵐 豊
・北海道立林業試験場道南支場
・福島大学教育学部生物 木村勝彦
・石川県林業試験場 小谷二郎
・宇都宮大学農学部 大久保達弘
・東京大学秩父演習林 澤田晴雄
・森林総合研究所 新山 薫
・森林総合研究所 柴田みつえ

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研究助成
・農林水産省大型別枠プロジェクト「生態秩序」第2期(H.5〜H.8)
・日本生命財団研究補助金(H11.10〜12.09)

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参考書
群集生態学の現在 佐藤・山本・安田編 京都大学出版会 (近刊)

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もっと詳しく知りたい人のために
工事中

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最終更新日 2000/12/05