鎌田直人の研究紹介 01

ブナの葉食性昆虫ブナアオシャチホコの周期的大発生と個体群動態


研究の内容
試験地
共同研究体制
研究助成
参考書
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研究の内容

 ブナ林ではしばしばブナアオシャチホコ(Syntypistis punctatella (Motshulsky))という蛾の一種が大発生します。ブナアオシャチホコが大発生すると、ブナの葉は食いつくされてしまいます。食害に気象害などが重なるとブナが大量に枯死する例も報告されています(鎌田ら 1989)。
 過去約90年間にわたる大発生の記録を解析すると、ブナアオシャチホコの大発生は8年から11年の周期でおこることや、日本全国のブナ林で大発生が地域間で同調して起こることがわかりました(Liebhold et al. 1996)。


写真の説明(左より)
1.ブナアオシャチホコの大発生 食害されたブナ林が、標高差約200mの帯状に広がる。(1990年青森県八甲田山雛岳)
2.ブナアオシャチホコの成虫(メス)
3.ブナアオシャチホコの卵 ブナの葉の裏側に数十〜百個程度の卵塊が産みつけられる
4.ブナアオシャチホコの1齢幼虫 集団で葉の表側の柵状組織だけを舐食する
5.ブナアオシャチホコの終齢幼虫 生長すると体長4〜5cmになる
6.ブナアオシャチホコの大発生のあと枯死したブナ 1982年にブナアオシャチホコが大発生した(1985年 青森県八甲田山櫛が峰)

 上の写真でもわかるように、ブナが垂直分布する中の特定の標高帯で大発生が起こるため、食害された場所が横に伸びるベルトのようになります。ブナ林では、ブナアオシャチホコのほかにも、ブナハバチ、ブナハカイガラフシ、ウエツキブナハムシが大発生して失葉を引き起こしますが、それぞれの昆虫種によって大発生が起こる標高日外があります。標高では、ブナアオシャチホコが最も高く、ブナハバチ、ブナハカイガラフシ、ウエツキブナハムシの順になります。緯度でもほぼ同じ順番になり、ブナアオシャチホコが最も北のブナ林で大発生が起こるようです(下図参照)

 

 東北地方北部のブナ林に試験地を作り、幼虫や成虫の密度変動を調べてきました。これまでに調査した結果では、終齢幼虫の最低密度は0.017頭/u、大発生の時の密度は約150頭/uでした。したがって、最高密度と最低密度では、現時点でわかっている範囲でも約10,000倍の違いがあり、ブナアオシャチホコの密度は10,000倍も変動していることがわかります。

 鳥はジェネラリストの捕食者です。ブナアオシャチホコの密度が増加すると鳥の餌メニューに占めるブナアオシャチホコの割合が増加しますが、鳥自体の密度は変化しません。そのため、1〜10頭/u(終齢幼虫)まではブナアオシャチホコの密度が高くなるほど鳥による被食率が高くなりますが、ある密度を超えると被食率は逆に低下するようになります。これがHollingのType IIIの反応です。
 甲虫の捕食者クロカタビロオサムシは、ブナアオシャチホコが大発生すると急激に増加しますが、大発生が終息するとオサムシも急激に減少します。また、大発生しない場所ではオサムシの増加は認められません。
 大発生後の数世代はブナアオシャチホコ成虫の体サイズが小型化して蔵卵数が減少するとともに、無精卵の割合が増加します。これらの現象の原因として、大発生時の餌不足や密度効果のほかに、窒素含有率の低下とフェノール類の増加によるブナの誘導防御反応と親世代からの遺伝が組み合さったmaternal effectsの結果と考えられています。しかし、大発生しない場合には、一連の変化は起こりませんでした。
 一方で、サナギタケは大発生しない場所でも密度依存的な死亡を引き起こし、密度が減少したあとも数年間は高い死亡率を引き起こしていました。
 大発生する場所に比べると、大発生しない場所では、密度増加期の増加率が小さい傾向が認められます。なぜ、大発生する場所が限定されているのかが、今後の研究の課題です。


写真の説明(左より)
1.ブナアオシャチホコの幼虫を巣箱へ運ぶシジュウカラ
2.ブナアオシャチホコの幼虫を食べるクロカタビロオサムシの成虫
3.ブナアオシャチホコの幼虫を食べるクロカタビロオサムシの幼虫
4.天敵微生物 サナギタケCordyceps militarisの子実体
5.天敵微生物コナサナギタケPaeciromyces farinosusの分生子柄束

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試験地

 青森県八甲田山
 青森県岩木山(協力 弘前大学名誉教授 正木進三先生)
 青森県白神山地(協力 東北森林管理局)
 秋田県秋田県八幡平
 岩手県安比高原
 石川県白山(協力 石川県林業試験場 小谷二郎研究員)

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共同研究体制・協力者

誘蛾燈による成虫発生量の調査
   秋田県後生掛温泉 ホテル山水(協力)
落下糞量による幼虫密度調査
   岩木山  弘前大学名誉教授 正木進三先生(協力)
        弘前高校元教諭  阿部 東先生(協力)
   白山   石川県林業試験場 小谷二郎研究員(協力)
   白神山地 東北森林管理局(協力)

誘導防御反応 「土壌養分仮説」の検証    科研費基盤B(H12〜14)
   富山大 理学部 和田直也(共同研究)
   東北大 理学部 彦坂幸毅(共同研究)

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研究助成

 農林水産省 農林水産技術会議 大型別枠「生態秩序」第T期 研究課題:食葉性昆虫の個体群動態と樹冠の変動解析技術の開発(H.1〜4)
 農林水産省 農林水産技術会議 大型別枠「生態秩序」第U期 研究課題:渓畔林における昆虫の生態的地位(H.5〜7)

 環境庁 国立公害「野生鳥獣」 研究課題:有益鳥類群の害虫捕食特性の解明(H.2〜6)

 科学技術庁 重点基礎研究 研究課題:冬虫夏草類の生物的防除への利用(H.7)

 農林水産省 東北森林管理局 白神山地モニタリング調査 研究課題:ブナアオシャチホコが大発生しないブナ林におけるその個体群動態と環境要因(H.7〜9)

 文部省 科研費 基盤研究B(1) 課題番号12440216 環境傾度がブナ科樹木の被食防衛戦略と植物−植食者の相互作用系に及ぼす影響の解明(H12〜14)

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参考書

 緑化樹の害虫 小林・滝沢編 養賢堂(1991)
 ブナ林の自然環境と保全 村井・山谷・片岡・由井編 ソフトサイエンス社(1991)
 森林昆虫 総論・概論 小林・竹谷編 養賢堂(1994)
 
ブナ林をはぐくむ菌類 金子・佐橋編 文一総合出版(1998)
  書評:
菌学若手の会HP
 森林微生物生態学 二井・肘井編 朝倉書店(2000)

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もっと詳しく知りたい人のために

工事中

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最終更新日 2000/12/01