2001.12.29改訂

奄美大島の固有鳥類 〜外来種を含めた生態系管理思考の重要性 [試論]−−−−石田健

  アマミヤマシギ・オーストンオオアカゲラ・オオトラツグミ・ルリカケス
Scolopax mira, Picoides leucotos owstoni, Zoothera major, Garrulus lidthi


 ●奄美大島の外来種
 奄美大島で在来種の生存を脅かすと恐れられている外来種は,1990年代に増殖し分布拡大したジャワマングースである.その他に,従来から島にいて,1960〜1980年代の経済活動による自然林の急激な縮小と断片化にともない,奄美大島の天然林に侵入し影響を与えているであろう外来種としてノネコとノイヌ,さらに近年はカイウサギが出現している.これらの外来種は疎林や林縁を生息環境として選好し,開発の進んだ林道を伝って固有種の多く生存する森林内に侵入している.在来種のハシブトガラスとクマネズミも,固有の森林生態系への侵入を増やし影響を与えている種としてあげることができる.哺乳類だけで,IUCNの外来種専門家グループが指定する最悪100種中4種を含む.
●固有鳥類
 奄美大島には様々な分類群の固有種が多数生息し,1950年代ごろまではそれがまとまって保存されていた.固有鳥類としては,アマミヤマシギ・オオトラツグミ・ルリカケスの3種とオーストンオオアカゲラの1亜種などがいる.
 アマミヤマシギは,奄美大島・加計呂麻島・徳之島で繁殖している.沖縄島北部など南方の島でも観察されているが,繁殖は確認されていない.夜行性で地上で採食し,地上に営巣する.1990年以降は,混獲を避けるために越冬する近縁のヤマシギと合わせて,禁猟になっている.国際自然保護連合(IUCN)の提唱する絶滅危惧種の新基準に照らし,2番目に危険度の高いランクに定義される.
 オオトラツグミは,奄美大島の林床が比較的湿った大木の多い森林にのみ生息する.地上で落葉をかきながら採食し,主に樹上で営巣する.独特の声でさえずり,特徴のある形態を持つ.春にさえずっている総個体数が50羽をいくらか超える程度しかいない.IUCN基準の危険度が最も高いランクに定義される絶滅危惧種である.
 ルリカケスは,瑠璃色と栗色の美しい羽色を持ち,奄美大島と加計呂麻島などの近接する島にだけ生息する. 照葉樹林やマツの混じった二次林に比較的広く見られ,比較的多く観察される種の1つである.照葉樹天然林をより好んで利用し,1平方キロ以上の広い行動圏を持っている.樹上と地上で採食活動を行い,奄美大島では主に地上で活動する毒蛇ハブの胃から多く出る.ドングリが大事な食物のひとつで,それを貯食する.群れで生活して,ヘルパーの存在も知られている.IUCN基準で3番目の危険度の絶滅危惧種である.
 オーストンオオアカゲラは,奄美大島だけに生息し,最も大型で著しく暗色の明らかな特徴のある個体群(オオアカゲラの1亜種)である.大径木に営巣し,主に枯木や倒木を啄食する.分布域がたいへん狭いので,IUCN基準で3番目の危険度の絶滅危惧種に当たる.
 ●外来種等の固有鳥類への影響
 アマミヤマシギの繁殖期の観察(生息)密度を環境別に比較したところ,調査した1992年当時,他地域に比べてマングースの生息密度の高かった名瀬市近郊では,本来アマミヤマシギの繁殖期の選好性が高い壮齢天然林地域においても,密度が著しく低かった(図).残念ながら,それ以前の定量的資料がないものの,1989年に,同じ地域で多数のアマミヤマシギが観察されたことを,著者自身も確認している.アマミヤマシギ同様に地上でも多く活動する他の3種の固有鳥類や主に南西諸島固有種であるアカヒゲなども,外来種に多く捕食されている恐れがある.奄美大島の固有種のほとんどは,マングースやノネコのような大型の捕食者からうまく逃れる性質を,まだじゅうぶんに発達(進化)させていないと推測される.マングースの分布域が拡大した1995年ごろより後,1992年に密度の高かった長雲峠付近でアマミヤマシギがほとんどいなくなった.ここではマングースとの関係は不明で,周辺では森林開発が進んでおり,捕食圧の増加が消失の直接の原因としても,それを引き起こしているのが森林開発である可能性が高いことも示唆される.
 ハシブトガラスによる,オーストンオオアカゲラの巣立ちビナとオオトラツグミの巣立ち直前のヒナの捕食が観察された.ハシブトガラスは,在来種ではあるが,森林が連続していたときには,森林への侵入が制限されていたと考えられる.能力の高い捕食者で,被食者の繁殖率への影響が大きいと予想される.森林の断片化がハシブトガラスの捕食域を拡大させ,残されたわずかな地域では,絶滅危惧種にとっては安泰な場所ではない.
 ●奄美大島の森林生態系
 本来は,亜熱帯性常緑の照葉樹林が奄美大島全体を覆っていた.現在では,伐採地を含めた林野面積は,全体の約85%,天然性の照葉樹林が52%余りである.しかし,原生に近い森林植生は5%程度しか残っていない.オオトラツグミが生息するような奄美大島本来の森林生態系が維持されている場所は,地形的に保護されている谷間などにさらに限定されている.照葉樹林で優占する樹種のスダジイは,多くの動物の食物となるドングリを生産し,その生産量は,不定期に著しく変動する.この変動は,食物連鎖を通して,森林生態系全体の物質循環と動物や菌類等の動態にも反映していると考えられる.ハブを代表とするヘビと,ハシブトガラスおよび小型のタカ類が,長い間食物連鎖の最上位に位置する捕食者だった.固有種の多い森林内では,ヘビが,機能的にも重要な位置を占めていたと考えられる.森林生態系は,樹木が主体となる多数の種どうしの複雑な種間関係・相互作用の網の目からなり,常に変動している.長い進化の歴史の結果として,お互いの影響をうまく受けとめる生物が生き残り,今の生態系を形作っている.奄美大島では,地理および地史的な条件から外部の影響が長い間小さく,多くの固有種がその生態系の構成員となってきた.
 ●森林生態系と外来種
 生態系に加わると,外来種も,在来種との複雑な種間関係を持つ.奄美大島では,ハブが捕食者および競争者として,外来種の自然林への侵入を妨げてきたと考えられる.しかし,自然林においても1990年代にハブの駆除が奨励され,本来の最上位捕食者であるハブの生息密度が低下している.重要な捕食者の一つが減少したため,森林で生活する能力を持つクマネズミが増加し始めている.クマネズミは雑食であり,樹上の巣にある卵や幼鳥・幼獣の捕食者として,またドングリ等を食べる競争者として在来種に影響を与えていると予想される.また、クマネズミは繁殖力が強く、著しい豊凶をくりかえすスダジイのドングリ生産量に符合して個体数の増減を繰り返していると推測される。一方,高密度のクマネズミは,重要な食物資源となるので,外来種の捕食者の個体数を増加させるだろう.このように,ハブの密度が低下した森林生態系において,マングースやノネコを駆除すると,アマミノクロウサギやアマミヤマシギには一時的に比較的有利な結果を及ぼしても,オオトラツグミ,アカヒゲ,ルリカケス,ケナガネズミ,キノボリトカゲなどにはクマネズミの増加を通してもっと不利な結果を及ぼすことも考えられる.クマネズミがいる限り,マングース等の駆除効果が持続せず,逆に外来種の捕食者の個体数の一時的反発を招く恐れもある.個体数の著しく少ないオオトラツグミのような種においては,環境変動の増大によって個体数の変動が大きくなるだけで,絶滅可能性が著しく増加する.クマネズミの個体数とその変動を小さくするためには,クマネズミの効果的な駆除を同時に行い,さらに捕食者のハブかマングースのどちらかを一定レベル維持することが効果的なはずだ.ハブが優先されるべきだが,ハブの低密度地域ではマングースの駆除を一時的に控える必要も生じるだろう.駆除する外来種と保護する固有種の一対一の関係だけでは,解決しない.
 ●固有生物を保全するための対策
 固有種の絶滅可能性を低下させるためには,外来種の捕獲や薬殺等による現地からの駆除が不可欠である.駆除の理想目標は,根絶である.しかし,奄美大島において近い将来に根絶を期待できる外来種はカイウサギだけだろう.実施されているマングース駆除事業の過程で多くの問題点が浮き彫りになってきた.外来種も生態系の一部として機能していることを知り,外来種を含めた生態系管理の考え方を対策の基本に組み込むことが肝心である.駆除による密度低下,根絶の過程で,機能の変化が起こる点を考慮して,スダジイの結実動態,マングース,ノネコ,クマネズミ,およびアマミノクロウサギ,アマミヤマシギ,アカヒゲ,キノボリトカゲ等の地域別の生息密度の変化を調べ,駆除効果を定量的にモニタ−して,最適な密度の組み合わせを予想し,駆除作業を調整することが好ましい.自然地域におけるハブの保護も,重要な課題であろう.カイウサギは,予防的に即時根絶することが望ましい.また,今後の外来種の再移入を防ぐための予防的な措置を講じるための,法律や確認・広報などの実働的な体制を伴って,整備することが望まれる.

文献およびURL
奄美野鳥の会(1997)オオトラツグミのさえずり個体のセンサス結果. Strix 15:117-121.
ホライゾン編集室(編)(2000)生命をめぐる島奄美,南日本新聞社,鹿児島市.
石田健. 1992. アマミヤマシギ Scolopax mira の生態・分布および形態. 1991年度環境庁特殊鳥類調査報告書: 43-85.
石田健. 1989. オーストンオオアカゲラとノグチゲラ個体群の保護と調査・研究に関する提言. Strix 8: 249-260.
石田健・杉村乾・山田文雄(1998)奄美大島の自然とその保全. 生物科学 50(1), 55-64.
石田健・高美喜男. アマミヤマシギの生息状況と保護, 日本生態学会第49回大会. 東北大学, 2002年3月26日.
石田健・植田睦之. 1995. 奄美大島におけるオーストンオオアカゲラの生息状況. 奄美大島希少鳥類生息状況調査報告書, 1994年度環境庁稀少野生動植物種生息状況調査: 25-40.

http://forester.uf.a.u-tokyo.ac.jp/~ishiken/amami/ (奄美大島の固有鳥類)
http://www2.ori.u-tokyo.ac.jp/~matsuda/kankyo/ESAreport.html (アメリカ生態学会の生態系管理指針)

図.生息地別のアマミヤマシギの観察密度.名瀬市近郊の金作原・住用地区では,森林植生は生息地として好適にもかかわらず,密度が低い.この図の結果は調査時にノネコがいたたことなど影響が考えられた.また,マングースの生息状況が不明ながら,ゴルフ場等の周辺地域の開発が著しい長雲峠地区では1995年ごろ以降ほとんど観察されなくなり,2001年春の調査でもまったく観察されなかった.(石田 1992, 石田・高 2002)

※この原稿は、九州大学の江口洋和博士ならびに地人館書店の塩坂比奈子さんのご意見をいただき、書き直したものです。お二人に感謝申し上げます。

※この原稿の根拠となる情報は、石田が多くの方の協力で得た調査・観察結果と、山田文雄さん、高美喜男さん、阿部愼太郎さん、服部正策さん、杉村乾さん、高槻義隆さんほか、多くの知人から得たものです。ただし、まだ不確定な要素も多くの残されており、調べて確認すべきことがたいへん多くあります。情報の正否の判断の責任は、著者の石田にあります。