ヤブサメと出会えた日

 著:村瀬一隆

 春から夏にかけて、樹芸研究所青野研究林の森林ではクロツグミやオオルリ、キビタキなど様々な鳥が美しくも賑やかにさえずりの音色を奏でます。 鳥たちの美声の競演の中、沢筋付近の藪から「シシシシシシ・・・」と細く高い虫の音のような鳴き声が聞こえてきます。声の主はヤブサメです。 ウグイスの仲間であるヤブサメは、体長が10cmほど、体の色は茶褐色で見た目もウグイス(写真1)によく似ています。 ヤブサメは薄暗い藪の中を好み、また警戒心が強いので鳴き声はすれどもその姿をなかなか見せてはくれません。 何度かカメラ撮影を試みたことはあるのですが、薄暗い藪の中をまるで忍者のように頻繁に移動するのでピント合わせもままならず、撮影は失敗の連続でした。 この”森の忍者“ヤブサメを私が初めて撮影したときのお話です。

写真1.ウグイス(左)、写真2.ヤブサメ(右)

 2011年5月、青野研究林でGPSを用いた測定業務を行っていたときのこと。
 スギの人工林内にGPS端末をセットして測定結果がでるまでの数分の待ち時間。私は周囲の鳥の鳴き声に耳を傾けながらその時間を過ごしていました。 すると30mほど先にヤブサメのさえずりが聞こえてきました。辺りはアオキなどの低木が茂っているので、ヤブサメの姿はもちろん見えません。 ヤブサメの声は場所を変えながら私の方に少しずつ近づいてきました。私はバッグからカメラを取り出すと、期待もほどほどに静かにヤブサメを待つことにしました。 意気込むこと無く立ち尽くしていた私は、この時、森の景色に溶け込むことができていたのでしょうか。ほどなくして私の目の前にヤブサメが姿を現してくれたのです。 距離はおよそ5m。こんなに間近にまた鮮明にヤブサメを見たのはこのときが初めてでした。 森の忍者との初対面に静かに感動する私。ヤブサメを刺激しないようにゆっくりとカメラのレンズを向けると、呼吸を整え、震える手を抑えながらシャッターを切りました。 ヤブサメは何度かさえずった後、藪の中に姿を消していきました。
 薄暗い林内で撮影した画像はどれも手ブレが酷いものやピントの合っていないものばかりでしたが、その中にたった一枚だけ、 ヤブサメをしっかり捉えた写真がありました(写真2)。つぶらな瞳を輝かせてさえずりを奏でるヤブサメの姿。 私にとって奇跡的な、そして今でも心に残る一枚です。

 青野研究林では2000年頃からシカの姿が見られるようになり、その数は年々増加しています。 個体数を増やしたシカの採食により、林内の藪や茂みなどの下層植生は著しく減少しました。 また、近年は外来種のソウシチョウ(写真3)が同地でも確認されるようになり、生息環境が類似する在来種のウグイスやヤブサメなどへの影響が危惧されます。 このようにウグイスやヤブサメを取り巻く環境は、この10年ほどの間に大きな変化を見せています。 これは森林とそこに暮らす生き物たちを取り巻く環境変化のほんの一例に過ぎないのかもしれません。私たちの観察はこれからも続きます。
 まずは今年もヤブサメの風情あるさえずりを楽しむことにしましょう。

写真3.ソウシチョウ