ヨタカとのかくれんぼ

 著:犬飼慎也

 私とヨタカとの最初の出会いは 学校の国語の教科書だった。宮沢賢治の「よだかの星」である。 主人公のよだかは外見について他の鳥たちから地味で醜いと揶揄されるが、 相手への怒りではなく自分の存在に対する罪悪感を抱く、そんなよだかの謙虚さに子供ながらに惹かれていた。
  社会人となり、北海道で森林に携わる仕事に就いたのだが、その頃のことはすっかり忘れていた。 野鳥に詳しい先輩から林内でのヨタカの目撃を聞き、はっとした。ヨタカってあの「よだか」のことか。図鑑を見て確信した。 なるほど、醜い鳥として選ばれたのもうなずける。

ヨタカ

 私の初見は2011年の7月上旬、その日は北海道らしい爽やかな暑さだった。 汗ばみながら人工林の下草刈りを行っていた時、突然前方の地面付近から大きめの影が飛び立った。 植栽木を伐らないように集中していたので、ものすごくドキッとしたのを覚えている。その影を目で追い鳥であることはすぐに確認できた。 ヨタカ?だよな。初見ではあったが写真で姿や大きさを確認していたためすぐに候補として頭をよぎった。 それにしても近くをひらひら飛んでいてなかなか逃げない。それどころか強い敵意を向けて鳴いてくる。 自分の経験では小鳥でも猛禽でも自分が写真を撮りに近づいたら、いち早く逃げて行くのに。一度だけ似たような経験がある。 アカゲラの巣に近づいた時の親鳥の威嚇だ。もしやと思い飛び立った付近をもう一度見回した。あった。卵だ。 しかし巣らしきものが見当たらない。地面に2個程ころがっているだけだ。威嚇しながら傍の林へ逃げ込んだ親鳥を確認し、 周辺の草刈をさっさと済ませ、その日はその場を離れた。

ヨタカ抱卵中(左)、卵と巣(右)

 夕方、事務所に戻り図鑑で確認した。写真に加えて、「植林地などの地面にできた窪みに直接産卵する、 抱卵中に接近すると羽を大きく広げて威嚇などする」の記載を読み自分が見た鳥がヨタカであることを確信した。 ただ先輩から鳥の中には、抱卵中でも長い時間天敵が来たりすると巣を放棄することもある、と聞いたことがあったので、 あのヨタカがそうなっていないか、とても気掛かりだった。
  4日後、近くを通る機会があったので遠くから確認。いた。放棄はしていない。一安心。
  8月上旬、どうにも気になって三度見に行く。確認できる距離まで近づくとまた飛び立たせてしまった。 でも以前見た場所より随分と手前である。しまったと思うと同時に地面をちょろちょろと動き回る小さな影が視界に入った。 動きの先を注意して見てみる。もう一羽いる。明らかに一回り小さく雛であることがわかる。さらに他にも同じような影が見えた。 おそらく雛が動き回っているため、親は以前より広い範囲を警戒していたのだろう。

隠れる雛鳥

 これは後からわかったことなのだが、多くの鳥はヘビやキツネ、テンなどから我が子を守るため、木の枝や崖の上に巣材を集めたり、 木の幹に穴を掘ったりして営巣する。しかし、ヨタカは違っていて、今回は草も生えていない若い人工林の地面、という危険極まりない場所に営巣していた。 しかし敢えてそこで抱卵するというのは理由があるらしい。ヨタカは見つかった時の敵の侵入よりも、見つからないように隠れることに徹しているのだそうだ。 さらに普段の昼間は木の枝に体を密着させて休むことが多く、これも木に擬態させていると考えられている。 とことん隠れることに徹した鳥なのだそうだ。
  それにしても親鳥の威嚇はすごい勇気を振り絞ったことだろう。自分の何倍もある人間に数分間も威嚇し続けたのだ。 敵が近づいてもギリギリまで動かずじっと耐え、危険がすぐ傍まで近づいた時は身を挺して子を守った、ということだ。 母(おそらく)の強さを目の当たりにした瞬間だった。

 翌年、同時期に同様に下草刈りを行った。前年のことを思い出しながら、一応同じ場所をチェックしたがやはりいなかった。 昨年は良い経験ができたなと思っていたら2-30m離れた場所でまた飛び立つ影あり。ヨタカだ。視線を落とすとやはり卵があった。 この年はその後1か月以上見に行くことが出来ず、無事に孵ったかを確認することは出来なかった。
  その場所の下草刈りはその年以降、行う必要は無いと判断され、仕事で訪れる機会にはめぐまれなかった。 その後2年間はプライベートで一度ずつ見に行ってみたが、ヨタカの姿を確認することは出来なかった。 単にタイミングや場所がずれていただけかもしれないが、草刈りを行わなかったため雑草が繁茂してきて産卵場所として適さなくなった可能性もある。 人工林の造成が野生動物の繁殖場所に貢献していたのかもしれない。
  今でも1年に100日以上は森林の中を歩いているが、その後他の場所でもヨタカを目撃できたことはない。 あの時の雛は無事に成鳥になれただろうか、もしかしたらすぐ近くにいたりしないだろうか、と時々思いを馳せることがある。 全道的に減少傾向が著しいといわれているし、いても見つけるのは至難だと思う。なにせとことん隠れるのに徹した鳥なのだから。

威嚇する親鳥(左)、逃げながらも威嚇する親鳥(右)