エゾライチョウと私

 著:及川希

 鳥は空を飛ぶことができる。 鳥のように空を飛んでみたいと、誰しも一度は憧れたことがあるだろう。 私もその一人だ。 あくまでも個人的な見解だが、鳥の中には飛ぶことに消極的なやつもいる。 そのひとつにエゾライチョウという鳥がいて、翼があるにもかかわらず、飛んでいる場面よりも歩いている場面に出くわすことのほうが多い。 そんなエゾライチョウを見るたびに必ず思うことがある。 鳥なのに飛ばないなんて、もったいないよ。

 はじめてエゾライチョウに出会ったのは、勤めて間もなくのことだった。 現場に向かう途中のことだ。 ラグビーボール大の茶色い物体が林道を歩いている。 なんだあれは。気になる物体に近づいてみると、とりあえず鳥だということがわかった。 しかし、何の鳥かはわからない。 もう少し近づいてみる。 謎の鳥はこちらを警戒して、いまにも飛び立ちそうな雰囲気だ。 飛ぶ、と思った次の瞬間、謎の鳥は歩いて逃げた。 なぜ、飛んで逃げない…。 たまたまかもしれないと思い、もう少し近づいてみる。 やっぱり飛ばずに歩いて逃げるではないか。 なんだこの鳥は。 さらに近づく私に業を煮やした謎の鳥は、ようやく飛んで逃げた。 しかし、羽ばたく回数の割になかなか宙に浮かない。 やっとの思いで枝に止まったようだが、一連の動きに軽快さは感じられない。 不器用なやつ だなと思ったと同時に、その不器用さに親しみを抱いてしまった。 先輩の職員にエゾライチョウという名の鳥だと教わった。 鳥なのにあまり飛ばない、いや、飛ぶことを苦手としてそうなエゾライチョウに、気がついたら心を奪われていた。

林道を歩くエゾライチョウの成鳥

 季節は夏へと移ろい、森にはすっかり緑が茂っていた。 また今日も現場に向かって車を走らせる。 今日はどんな出会いがあるのか楽しみだ。 すると、エゾライチョウが林道を歩いていることに気がついた。 相変わらずてくてく歩いている。 しかし、今日はいつもと様子が違う。 エゾライチョウの回りを纏わりつくように動くひよこがいる。 エゾライチョウの雛だ。 それも6羽もいる。 ちょこまかと走り回っては、こてんと転ぶ。 雛たちを見守っているエゾライチョウは、どうやら母親らしい。 母親と雛たち、なんとも愛らしい光景に思わずにんまりしてしまった。 朝からいい出会いがあった。 これだから鳥はやめられない。

ササの葉にのるエゾライチョウの雛  

 小さな雛たちは無事に育っただろうか。 キツネやテンに食べられていないだろうか。 気になって仕方がない。 私にもわずかながら親心が芽生えてしまったらしい。 そんな不安を一蹴する出会いがあった。 ソフトボール大の茶色い物体が林道を歩いている。 もしやと思いその物体に目を凝らす。 幼いエゾライチョウだ。 まだ体は小さいけれど、顔や模様でそれだとわかった。 広大な森の中でたくましく生きる姿を目の当たりにして、夏に出会った雛たちも同じようにすくすく育っているのだろうと思うと、胸が熱くなった。

 その後も、エゾライチョウとはしばしば出会うことがあった。 しかし、季節が冬へと近づくにつれ、出会う機会は減っていった。 どこへ行ってしまったのだろう。冬が深まり、雪が北海道の大地を厚く覆っていく。 冬の森を歩いていると、雪の上に何か落ちていることに気がついた。 近づいて観察してみると、小さなかりんとうにも似たエゾライチョウの糞だった。 しかも、ほかほかの新しい糞だ。 私は安堵した。 彼らはしっかりと冬の森を生き抜いているんだと、ほかほかの糞を見て確信したのだ。 次に会えるときはいつだろうか。 次に会うときもきっとこう思うだろう。 鳥なのに飛ばないなんて、もったいないよ。

エゾライチョウの幼鳥(左)と糞(右)