愛知演習林(現:生態水文学研究所)で
未記載種のベニマシコを見つけた日

 著:高徳佳絵

 私の東京大学演習林での初配属先は、愛知演習林(現:生態水文学研究所)でした。 大学で森林科学を学んでの就職でしたが、植物全般、動物全般、まったく知識のない状態でした。 その頃の愛知演習林は、ベテラン技術職員の集まりのような職場で、植物のエキスパート、木登りの達人などが揃っていました。 その中に、野鳥に関する知識に優れ、日々の鳥調査はもちろんのこと、地元の小学生にも探鳥会を通して野鳥の世界を広める活動をしている技術職員Aさんがいました。 就職1年目は、「すべてのベテラン技術職員についてまわって、色々な仕事を経験するように」と林長から言われており、Aさんの鳥調査や探鳥会にもくっついていくことになりました。 「鳥調査は日の出から2時間以内」と言われるほど、鳥は早朝に活発に活動します。

 まだ若かった私は、朝5時に出勤するのがとても苦痛でした。 鳥云々よりも、早起きが問題なのです。 「鳥といえばAさん」と誰もが認める鳥の権威が近くにいることの幸運さを、当時の私は気づいておらず、もっと貪欲にAさんから知識を吸収すれば良かった、と今になって痛感しているところです。 それでも、私の母が言う「知識は荷物にならない」という言葉が妙に染みついていて、知識を得られる場面があると参加せずにはいられず、鳥の繁殖期(4月~6月)の早起きは続き、計6年間にわたりAさんと共に鳥と関わってきました。

 鳥の調査を初めて1‐2年は、Aさんと調査地を歩き、鳴き声や姿でAさんが、「ヤマガラ(種名)、1(数)、SV(確認方法)、20(距離)、中層(位置)」と言えば、私がその通りに野帳に書く、というのが仕事でした。 私は鳥の声を聞きながら野帳に書くのが精一杯で、鳥の姿はほとんど見えません。 お陰で最初の頃、私の鳥識別法は鳴き声のみで、姿を見ても何の鳥なのかがわからないという状態でした。 それでも、スズメとカラス程度しか知らない(スズメにもカラスにも種類があることは後で知ることになる)私でも、徐々にわかる種類が増えてきて、一人でも調査を行うようになってきました。 それだけでも大役を任されたようなものなのに、人間は欲張りな生き物ですから、そのうち、「Aさんも見たことがない鳥を発見できないかなあ」と思うようになりました。 当時、愛知演習林で見られる鳥は約80種でしたが、日々の調査で出てくる鳥はそのごく一部です。 残りは、昔記録したものだったり、稀に通りかかったものだったりで、記録されている種すべてを見ていないにも関わらず、新しい鳥が出てこないなあ、と考えるのだからのんきなものです。

 ある雪のちらつく冬の日、林道を車で走りながら、何かいないかな、と思っていた時です。 ピンク色の鳥の群れが見えた、気がしました。双眼鏡で見てもピンク色、中には茶色だけど頭が赤いような鳥もいた、気がしました。 図鑑を見て、これらはベニマシコとベニヒワではないかと思い、Aさんにさっそく報告。 当たり前ですが、「写真などの証拠がないので、記録には残せない」と言われました。 そりゃそうです、見た本人も、見た、気がする、だけですから。 それ以来、鳥調査にはカメラを持参するようになりました。

 そんなある日、遂にベニマシコを写真に収めました。 冬に見かけた場所とは全然違います。 愛知演習林は飛び地で構成されており、前回と今回では車で1時間ほど離れています。 でも演習林敷地には変わりありません。 現在の生態水文学研究所では、自動撮影カメラも導入して、新たな確認種が増えているようですが、Aさんの元、自力で初記録の種を見つけたということに興奮したことを今でも覚えています。 ちなみに、ベニヒワは、今も未確認種のままです。

2015年1月30日ベニマシコ♂(犬山試験地で初撮影)