ウグイスのさえずり観察

 著:齋藤俊浩

 私が技術職員として秩父演習林に採用されたのは1986年で、その頃の技術職員の主な作業は人工林のスギやヒノキを販売し、伐採跡地を再造林化することでした(今の秩父演習林では木は販売することはほとんどありません)。ただ、それまで「経営案」だった演習林の10年ごとの大事な基本計画の名称が「試験研究計画」に変更されるなど、大学演習林の教育研究に対する意識が変化しはじめた時期でもありました。技術職員も森林管理だけでなく、教育研究に少しずつ関わっていく雰囲気がありました。そんな中、生態学が専門で、主に鳥類を材料に研究していたIさんが助手として赴任してきました。秩父演習林の高標高域を特徴として捉え、標高1,650mの「突出峠(つんだし峠)」で、鳥類の標識調査を定期的に行い、ときどき私も調査に同行しました。15kgくらいの荷物を背負い、約2時間、山を登り、テントで宿泊しての作業で、日の出の少し前に起きだし(私は少し後に起き出すのですが)、カスミ網で鳥を捕獲、各部のサイズや体重の測定後、足輪をつけて放鳥します(環境省から必要な許可を得ています)。私にとっては想像すらしたこともない作業でしたし、なんとも言えない不思議な感覚もありました。また、鳥が捕獲されるまでの時間は、Iさんといろいろなことを話し、いろいろなことを教えてもらいました。鳥のことはもちろん、野営の仕方だったり、パソコンのことだったり、世の中(社会や経済)のことだったり、演習林の将来のことだったりで、ボーっと生きていた20代前半の私は良い意味で影響をたくさん受けました。そのせいなのかはよくわかりませんが、私も森林の管理だけではなく、教育研究支援に貢献できる技術職員になるべき、と、なんとなく思い込むようになり、差し当たって技術職員でも申請できる科学研究費補助金に挑戦してみることにしました。Iさん指導のもと、「ウグイスのさえずりで環境を評価する」といった内容で申請したところ、みごと採択され、ウグイスのさえずり観察を始めることになるのです。前置きが長くなってしまいましたが、1994年のことです。

標識調査で捕獲されたウグイス

 秩父演習林では、毎年3月20日前後にウグイスの初鳴きが観察されます。暖かくなるにつれて高標高域でも観察されるようになり、7月20日頃には埼玉県と山梨県をわける稜線上の雁坂峠(2,082m)でもさえずりが聞かれるようになります。繁殖期になると日の出から日の入りまでさえずり続け、さえずる頻度も変わらないのですが(私の観察ではおおよそ10秒おき)、8月下旬にはぱったり聞かれなくなります(最近は少し変わってきています)。
 補助金で録音機材(当時はカセットテープ)を揃え、早朝5時台から始める観察を週に1回の頻度で行いました。眠気もさめないなか、林道から標高で200mを一直線に登りあがり、調査地に向かいました。当時は、とにかくウグイスがあっちでもこっちでもさえずっている状態で、100mの間に5-6個体が確認できました。また、調査地にはスズタケがびっしり生えている状態で、録音するポイントは刈払って留まるスペースをなんとか確保し、1個体につき5分間の録音を行いました。なんとかさえずりが聞かれなくなる8月下旬まで続けることができ、最初の年は、秩父演習林のウグイスも各個体でさえずりパターンが異なることを確認しました。
 ところで、ウグイス、コマドリ、オオルリはさえずりが美しいことから日本三鳴鳥と呼ばれています。コマドリ、オオルリはスマートにさえずる印象ですが、対照的にウグイスは、腰を落として、喉を膨らませ、すごく力を込めてさえずっているのを何回も観察しました(ちなみにさえずるのはオスだけです)。ものすごくエネルギーを投資している感じのさえずりです。ウグイスは鳥類では珍しいのですが一夫多妻で、さらにオスは造巣や抱卵、育雛、給餌も全く行いません。さえずりに専念していて、他のことに気をつかわずに力いっぱいさえずっているのかもしれません。観察を続けていく中で、いつもいる個体のさえずりのパターンや、ソングポスト(さえずる場所)など、ウグイスの事が少しずつわかってくることは嬉しいことでした。その後も年によっての変化を捉えたいと考え、ウグイス観察は継続されていきます。

ウグイスのさえずりのスペクトログラム
縦軸が周波数(kHz)、横軸が時間(秒)で音声を可視化したもの
ウグイスのどんなオスでもホー・ホケキョというさえずり(上図左)と導入部分がとぎれとぎれになるホ・ホ・ホ・ケキョというさえずり(上図右)の 2つのパターンを必ずもっています(百瀬1986)

2000年ごろの録音の様子
大きなパラボナ集音マイクで、詳細な録音ができないかと考えていました

 観察を始めた頃の秩父演習林では、「石を投げればウグイスにあたる」ほど個体数が多く、そこかしこでさえずりが観察できました。しかし、現在、秩父演習林でウグイスのさえずりを観察する機会は稀になってしまいました。2000年代初めからシカの個体数が急激に増加し、採食によって下層植生が減少した影響だと考えられます。至るところスズタケで覆われていた林床がまったく何もなくなってしまっているのです。ウグイスの英語名は「Bush Warbler」で、直訳すると「藪・歌う人」ですが、まさに藪(下層植生)に依存していたウグイスは、もろに影響を受けた可能性があります。
 オスの仕事はさえずることだけ、といっても過言ではなく、繁殖行動において、さえずりは重要と考えられます。環境の変化(下層植生の衰退)は、ウグイスの繁殖行動に影響する(餌が少なくなる、営巣場所がなくなるなど)はずなので、ひいてはさえずりにも変化があるのではないかと考え、これまでにとりためた録音データを比較してみることにしました。

 下層植生が衰退する前(1994年)と衰退後(2007年)の録音したウグイスのさえずりをコンピューターに取り込み、音声分析ソフトで数値化し、統計ソフトで解析してみましたが、残念ながら変化を裏付けるしっかりした結果を得ることはできませんでした(今のところ)。ただ、直接観察では、個体数は明らかに少なくなっていますし、1994年に観察をはじめた最初の調査地でウグイスは確認できなくなりました。さえずっているウグイスを確認できたとしても、頻度は変わらなそうですが、単独でのさえずりばかりで、複数個体でのさえずり合いは観察できなくなってしまいました。また、8月まで確認できていたさえずりも、現在では6月中旬以降はほとんど確認できなくなってしまいました。

(左写真)2002年10月の突出峠の様子(撮影:酒井秀夫) 歩道以外はスズタケが繁茂しています
(右写真)2016年8月の突出峠の様子(撮影:鈴木智之) 葉をシカに採食され、スズタケが稈だけになってしまっています

 私の想像の域を超えませんが、下層植生がなくなり、繁殖適地でなくなった秩父演習林でさえずっているウグイスは、繁殖に都合の良い場所になわばりを持てなかった個体なのかもしれません。ウグイスのさえずりと繁殖結果の関係は明らかにされていませんが、他の鳥では、さえずりが上手(複雑だったり)なオスは、早く番いになれるとか、子孫をたくさん残せるといった報告は、世界中にたくさんあります。
 私にそんな発見ができるかわかりませんが、「スズタケがなくなったら、ウグイスのさえずりが変わってしまったよ」、といったことが言えないかと思っています。長く現地の森林にへばりついている技術職員として、シカの採食による下層植生の衰退や上層木の枯死といった顕著な環境の変化を今目の当たりにしています。この森林の変化は、単にウグイスに影響するだけではなく、普段、森林から様々な恩恵を受けている私たちの生活にも影響を及ぼす可能性があります。この問題をできるだけわかりやすい指標(ウグイスのさえずりの変化)で発信することで、多くの人が関心をもってくれるきっかけになるのではないかと思っています。

参考文献 百瀬浩(1986)音声コミニュケーションによるなわばりの維持機構(鳥類の繁殖戦略(下)山岸哲編、東海大学出版会、東京).127-157.