クマゲラ思い出ばなし

 著:木村徳志

 私が北海道演習林の当時の育種試験掛に配属されて間もない頃のことです。 私は苗畑で育てる苗木の種を取るために、地上20~25mのアカエゾマツの梢端部分で 恐る恐る松ぼっくりをむしり取っていました。そこから少し離れた木の上でも、 私の木登りの師匠でもある先輩職員が同様に種取りの作業をしていました。 その時、遠くから「コロコロコロ、コロコロコロ」と鳴きながら、黒い鳥が近づいて来ました。 クマゲラです。

 クマゲラは、国内に生息しているキツツキの仲間のなかでも最大の種類で、分布は北海道から東北地方北部です。 英名は「ブラックウッドペッカー」でズバリ「黒いキツツキ」。 アイヌ語名は「チプタ・チカップ」で「舟を掘る鳥」を意味し、アイヌの人々の自然に対する洞察力の深さを感じます。

 クマゲラは国の天然記念物に指定されており、近年は生息数の減少が危惧されているため環境省の レッドデーターブックでは絶滅危惧Ⅱ類(VU)に指定されています。 しかし、北海道演習林では個体数の減少は見られないばかりか、比較的よく目にすることが出来ます。 北海道演習林では天然林の伐採は、基本的には森林を皆伐せずに伐るべき木を一本一本選んで抜き伐り をする択伐という方法で行っています。演習林の元教員で、長年クマゲラの生態を研究された有沢先生は、 こうした北海道演習林の森林管理が、クマゲラの営巣木となるような大径木を森林内に多く残し、 好物となる虫などが生息できる環境を適度に作り出しているだけにとどまらず、 北海道演習林の特色の一つである高密度な林道網(41m/ha)がクマゲラの生息に必要となる適度な空間を 作り出していると指摘しています。北海道演習林で長期にわたり行っている森林の取り扱いが、 結果的にクマゲラの快適な生育環境を作り出す手助けをしているようです。

 さて、樹上にいる私たちのそばに飛んできたクマゲラは近くの木にとまり「キョーン、キョーン」と鳴きました。 クマゲラは大きく二通りの鳴き声を発します。飛行時には「コロコロコロ、コロコロコロ」とにぎやかに鳴き、 木にとまった時には「キョーン、キョーン」と甲高い声で鳴きます。 不意に先輩職員が「キョーン」とクマゲラの鳴き真似をしました。 その鳴き真似のあまりの巧さに、縄張りを侵されたと勘違いしたクマゲラが激昂したのかその先輩職員の頭上を かすめ飛んでいきました。私はそれを眺めながら、こんな身動きの取れない状態でクマゲラに襲われたら・・・と、 戦慄を覚えたことを今でも記憶しています。

 北海道演習林ではクマゲラを比較的よく見かけるとは言うものの、やはり天然記念物です。 気安く見に行っていつでも会える訳ではありません。学生などの見学者を案内して森に行っても、 見られずに終わってしまうことがほとんどです。森に足しげく通い、クマゲラと心を通じ合わせてこそ、 彼等も会いに来てくれるのではないでしょうか。 今後もクマゲラの快適な生育環境を維持していけるような森づくりを行い、 良好な関係が築けてゆければ良いと願っています。

参考文献 クマゲラの森から;有沢浩著、朝日新聞社、1993、230pp.

巣から顔を出すクマゲラ(左)、クマゲラ採餌跡(右上)、クマゲラ兄弟?(右下)