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コムクドリの繁殖記録
著:福岡 哲
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北海道の冬は長い。ここは富良野。北海道の中央部、ヘソと呼ばれる場所。
平野部に雪が積もる期間は、12月中旬頃から長ければ5月初旬頃まで、およそ5ヶ月にもおよぶ。
真冬の最低気温はマイナス25度を下回ることもある。
そうした長く厳しい冬を越し、ようやく庭の土が顔を出す頃、居間からの景色は、
一面の真白からチューリップに代わる。
雪解け直後の閑散とした景色が一変する。
2007年4月。あまりの鮮やかさに、誘われるまま重い腰を上げレンズを向けると、
被写体の向こうに動く影。鳥だ。コムクドリの番(つがい)だ。職場の先輩の影響で、少々鳥の種名には明るい。
パシャ。
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ピンボケしたコムクドリのつがい(2007年4月撮影)
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後日フィルムを現像して気落ちする。手ブレ、ピンボケ。分かっていたことだが、写真撮影のセンスはない。
一度写真を忘れ、気持ち新たに観察を続けてみると、思いのほか頻繁に我が家を訪れていることが分かった。
他にもスズメ、モズ、ムクドリ、ハシブトガラス、ハシボソガラスなどが見られた。それから数日して、コムクドリのおかしな行動に気付いた。
庭から青葉や枯葉を咥えては、何処かへ飛んで行く。食べている様子はない。こっそり後をつけると、庭から30mほど離れたコンクリート製の電柱の先端に姿を消した。
電柱の構造はよく分からないが、どうやらそこで営巣しているようだった。その後も、何度か巣材集めと思われる行動を目にしたが、一時期パタッと見かけなくなった。
そうして忘れた頃、例の電柱が何やら騒がしく、それは雛の鳴き声のように聞こえた。それからまた数日して、あの番の家族と思われる群れが、電柱の周りで楽しそうにはしゃいでいた。
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『無事に巣立ったのか・・あの電柱で?もし電柱が筒であるなら、ろくに屋根もないだろうし、そもそも巣材を支える土台はあるのか?コムクドリについて少し詳しく調べてみるか。
なになに「巣箱を利用する。住宅の隙間などにも営巣する。」人が近い環境も、人工物でもそれほど気にしないのだな。よおし!来年は庭に巣箱を架けてみよう。』
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明くる年の4月。庭の木に巣箱を架けた。パシャ。
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設置した巣箱(2008年4月14日撮影)
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携帯電話のカメラ機能が向上したとはいえ、やはり何か足りないことにげんなりしつつも、これは記録写真だから状況が分かればいいのだ、と開き直る。
ポジティブ思考は向上している。
巣箱は自作。事前にいくつかのポイントをまとめた。まず、鳥の繁殖様式を知ること。巣箱を繁殖に利用する鳥は、
自然環境下では主に樹木の穴を営巣場所に利用している。穴は樹洞(じゅどう)と呼ばれ、樹木の一部が腐って抜け落ちた部分であったり、
キツツキ類が掘ったりしたもの。コムクドリは樹洞営巣性(じゅどうえいそうせい)だから、巣箱を利用する。
次に、巣箱の寸法。鳥の大きさを参考に、体長よりやや大きいと良い。巣箱内部を観察する目的があるなら全てを固定せず、屋根は蝶番などで留め、
開閉する構造にすると良い。肝心なのは巣穴の寸法。小さ過ぎれば入れないし、大き過ぎると他の動物が侵入する危険性が増す。コムクドリだと、5cm角くらいが適当か。
最後に、設置の仕方。外敵から護るため、高さは出来るだけ高い方が良い。風向きや日当たりも重要。雨が直接吹き込まないことや、
直射日光が入らない工夫が必要だ。結果的にどう設置したかは写真の通り。巣箱を支えるにはやや頼りない枝だが、葉が芽吹くと、
傘の役割を果たしつつ目隠し効果が期待できる。穴の向きは北側。高さは1.7m。少々低い位置かもしれないが、安全に観察とメンテナンスを継続するため。
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巣箱を架けたのは4月14日。同時に、この日から観察記録を開始。
1日目、変化なし。まあ当然か。2日目、変化なし。少し緊張したのに。3日目、変化なし。息を止めて覗いたのに。4日目、変化なし。
だいぶ手前から忍び足したのに。5日目、畑にムクドリが三羽いた。残念。そうして目立った変化がないまま一月が経過した5月17日、
もはや、目を置き去りに機械的に屋根を開閉していた手の動きが、遅れてきた目の動きに合わせて鈍く止まった。ほとんど閉まりかかっているせいか少し暗い。
ようやく手の動きを意識下に置いて、いつかのように息を止めて、ゆっくり持ち上げてみる。
葉っぱ?青葉が入っている!前日まで何の変化もなかったのに。とにかく、慌てて内部をカメラに収め、家の陰から巣箱周辺を見渡す。
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青葉を咥えるコムクドリの雄(左)、巣箱に寄り添うように雌がいる(右)
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オスが頻繁に巣材運びをしていた。メスは巣箱内と周辺を行き来し、巣を見守る様な行動をとっている。この時から、巣箱の観察は出来るだけ日没後とした。
それから数日、外が気になり早くに目が覚めるようになり、居間からも息を殺して僅かにカーテンを開けると、
なんと空が白み始めた午前3時50分から巣材運びをしていた。少し安心して、日没の巣箱観察を楽しみにもう一眠り。
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左から造巣1日目、2日目、3日目、4日目
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左から造巣5日目、6日目、7日目、8日目
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観察を続けてみると、巣が完成するまでは巣箱をねぐらに利用していないことが窺えた。日に日に増える巣材は、花びら、青葉、枯葉、枯草、枯れ枝などだった。
このために用意したデジタルカメラも、使用者の技術を補って余りあるポテンシャルを発揮し、マクロ撮影は巣材を鮮明に記録した。
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造巣9日目(初卵日)
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そして造巣開始から9日目、産座と思われる場所に卵を確認。初卵日だ。親鳥は不在。
より慎重に観察を続けると、メスが抱卵に入っていた。当然、撮影は行わない。初卵日から5日目、ちょうど親鳥が不在で、卵は全部で5個あることを確認した。
通常、鳥は一日に一個卵を産むため、順調に生み続けたものと思われた。
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孵化1日目
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抱卵開始(初卵日)から18日目、雛だ!孵っていたのか。一、二、三、四、五羽。一腹卵数(ひとはららんすう,クラッチサイズ)は5。
親鳥は不在。慌ててカメラに収めるも、肝心なところで十八番のピンボケが数秒モニターに映し出されて消えた。
「ここでこれとは、流石だな。」などと独り言をつぶやくも、長居は無用。すぐさま家に入り、居間の明かりをつけずにカーテンの隙間から外を覗くと、
薄明かりの中かろうじて、鳥が巣箱へ入っていくのが確認できた。
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昆虫を捕獲してきた雄(左)、木の実を咥える雌(右)
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雛が孵ってからの親鳥は、日中は給餌、夜間は抱雛というサイクルのようだった。給餌は雌雄共同で行う。
エサの内容は、蝶や蛾の幼虫、セミやバッタなど昆虫類のほか、木の実なども確認できた。
絶え間なく張り付いて観察したわけではなく正確とは言えないが、給餌の間隔はおよそ15分に一回くらいだろうか。
エサを咥えた親鳥がやってくると、巣箱は毎度お祭り状態になる。騒がしい雛の声と、巣穴の向こうに荒々しい動きが見えた。
順調で何よりと安堵する一方で、一抹の不安を抱く。そしてその不安は現実のものに。
孵化から5日目の朝、お決まりとなっているカーテン隙間からの光景に、異変が生じる。巣箱の下の招かれざる客が、
明らかに巣箱を見上げていた。猫だ。
どうやら親鳥は不在のようだ。雛も異変を感じているのか、巣箱は静まり返っている。いや、すでに襲われた後なのかもしれない。
様々な思いを胸に、急いで猫を追い払う。そして恐る恐る巣箱を確認する。外観は、以前強風に煽られ少し歪んでいた状況と変わりないようだ。
そして雛は、身を寄せ合い、じっとしているところを無事に確認できた。
孵化から8日目の夜も猫を追い払う。前と同じ奴だ。孵化から10日目の朝には、違う猫が現れた。もちろん追い払う。
猫のネットワークでもあるのか。いや、あれだけ騒がしければ、気付かれてもおかしくはない。
おそらくは目を離している間にも来ているのだろうが、今のところ巣箱に目立った異常はないようだ。
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穴から顔出す雛
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そして孵化から12日目の朝、ついに雛が巣箱から顔を出した。目をパチパチさせながら、外を見まわしている。
親鳥は、もう巣立ちできると判断したようだ。あるいは頻繁に現れる猫に危険を感じたかもしれない。
雛たちに巣箱の外へ出るよう誘い出しが始まった。巣箱に近づいてはやや離れ、声をかけている。しかし、この日は一羽も巣立てなかったようだ。夕方、五羽を確認した。
翌日、再び親の誘導が見られるものと期待していたが、予想に反し巣箱は静まり返っている。どうにも気になり確認してみると、午前9時半、コムクドリ五羽はすでに巣立っていた。
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電線に留まるコムクドリ
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それからしばらくの間、我が家の庭から巣立ったと思われるコムクドリの群れを、付近の電線でよく見かけた。
主をなくした巣箱は静まり返った。時折、スズメや蜂が物色に来ているようだが、定着しないところを見ると、あまりいい物件ではないようだ。
ただコムクドリにとっては、電柱より快適に過ごせたのかもしれない。それにしても、電柱先端部の構造が気になって仕方ない。
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