青の革命と水のガバナンス研究グループ

青の革命と水のガバナンスブログの記録
7 森林における地表流の発生
投稿1  2006/1/14(土) 午後 7:23
投稿2  2006/1/14(土) 午後 7:25
投稿3  2006/1/14(土) 午後 7:26
投稿1 蔵治光一郎 2006/1/14(土) 午後 7:23

緑のダムに関する基礎研究を精力的にやられている、京都大学の小杉賢一朗氏の研究発表と、それに対する質疑応答がたいへん興味深かったので、私の文責で記録したものを速報します。若干、専門的な内容ですので、多くの方にとっては難解なものであることをお許し下さい。
これは、科学技術振興機構(JST)戦略的創造研究事業(CREST)の「水の循環系モデリングと利用システム」領域(領域長:虫明功臣・福島大教授)の第4回ワークショップ(1月12−13日、日本科学未来館、東京)で、筑波大の恩田裕一先生が代表をしている「森林荒廃が洪水・河川環境に及ぼす影響の解明とモデル化」という課題名のプロジェクト(略称:恩田CREST)の研究報告会の中で行われたものです。
発表は10分間で、「ヒノキ林斜面における表面流の発生メカニズム−土壌の撥水性−」というタイトルでした。内容は、概ね以下のようです。
・ヒノキ人工林では地表流が観察され(短いビデオを上映)、データとしても観測される。その水量はかなり多く、林外雨量を超えることもある。
・土壌には撥水性があり、それが地表流の発生の原因として、土壌表面のクラスト形成(土壌表面の粒子が雨滴衝撃で細かく砕かれ細粒化し、地表面を目詰まりさせてしまう現象)と並んで重要である。
・ 土壌が乾燥すると撥水性が大きくなり、雨が続くと徐々に小さくなる。これは1降雨イベントの中でも、あるいは1ヶ月間に雨が降り続くような場合にも観察される。
第23回武庫川流域委員会が9月1日に尼崎市で行われました。武庫川については「青の革命と水のガバナンス」第2回研究会で京都大学の大野智彦さんが発表をされています。委員会ではこれまで長い時間をかけて基本高水について議論してきましたが、あるMLで、今回の委員会でいよいよ合意形成に踏み切ると聞き、面白そうだと思って傍聴してきました。流域委員会で基本高水を正面から議論しているところは、全国的にみても珍しく、注目すべき事例だと思われます。
細かい議論はいろいろありますが、要は基本高水ピーク流量を3800トンと4800トンのどちらにするかで委員の意見が割れており、合意形成を目指していました。旧法の工事実施基本計画では4800トンとなっています。4800トンだと上流にダムが必要になり、20年前から治水専用ダム計画をもっている県は基本高水を変更したくない立場です。
計画規模は100年に1度の洪水です。もし、1/100の確率で発生するピーク流量が科学的に求められるなら合意形成できると思われるのですが、それが科学的にできないので、その代わりに1/100の降雨をモデルに入れて計算された値を1/100のピーク流量をみなすという手法がとられます。しかしその点ですでに合意は形成されませんでした。なぜなら、1/100の降雨とは日降水量が1/100だというだけで、降雨の時間変化グラフには様々な波形が想定でき、どの波形を使うかによってピーク流量は何通りにも計算されるからです。
最大値でも最小値でもすべて1/100であるという説明は明らかにおかしいですが、かといって1/100の降雨を使うやり方で、かつ、計算されたピーク流量が果たしてどのくらいの確率で起きるかを科学的に計算することは、現在の科学のレベルでは不可能なのです。現状では、1/100のピーク流量と、1/100の降雨をモデルに入れて計算された値とは、別物であると言わざるを得ません。
そこで、波形を限定したうえで、その最大値を取るという発想が生まれます。しかし、波形の限定の仕方によって最大値は大きくもなり、小さくもなります。波形の限定の仕方に現状では定説がないため、とても恣意的な、合意形成できない方法になってしまっています。
結局、夕方7時まで延長しても決着はつかず、次回の委員会を急遽9月5日に開催し、そこで合意形成を図ることとなりました。
今日の委員会では、なぜかインプットする降雨のみに議論が集中していましたが、その他にもモデルパラメータの決め方(流域分割と土地被覆との関係、パラメータをどうやって決めたのか)、飽和雨量、先行水分条件など様々な問題がありますので、たとえ入力する降雨の大きさと波形が決まっても、計算結果にはかなりの不確実性がつきまといます。
これは科学の限界であり、科学者間の論争では合意形成ができない問題であると感じました。委員会では科学者の論争はあくまで参考意見とすべきで、それ以外の要因も考慮して社会的に合意形成を図るべきであると思われました。その際には具体的治水事業(ダム)や財政の問題も当然セットで議論しなければいけないはずです。しかしダムのことを口にした委員は少数で、大半の委員はダムを表に出さずに議論している。とても不思議でした。
私の結論として、委員会としては、基本高水を科学的に(決定論的にも、推計学的にも)決めようとするのは無理であるという合意を形成し、その上で誰でも納得ができる、例えば既往最大+アルファを基本高水とするのがいいように思いました。
最後に、伊勢湾台風を引き合いに出して昭和34年9月の出水を入れろといったような議論がありましたが、誤解を正しておきたいと思います。伊勢湾台風は確かに死者の数では戦後最大ですが、その被害の大部分は洪水でなく高潮によって発生しています。強風に満潮が重なり、高潮は名古屋港では3.45mに達したとされています。東海地方では、伊勢湾台風は雨台風ではなく風台風であり、伊勢湾台風の雨量記録は東海地方の雨量観測点では既往上位10位にも入りません。
従って、基本高水の議論で伊勢湾台風を引き合いに出すことは間違いです。伊勢湾台風の災害は今のアメリカのサイクロン災害と類似しています。このような災害が怖ければ、河川に由来する洪水対策よりも高潮対策を議論された方がよいかと思います。

投稿2 蔵治光一郎 2006/1/14(土) 午後 7:25

この発表に対して、質疑応答は以下のようでした(敬称略)。
大手信人(京大農) 撥水性は、撥水性物質というものがあってそれが雨で流れてしまうと考えていいか。
小杉 文献によれば、有機物、腐植起源の物質で、油状、ベンゼン環がある。菌糸の影響も。しかしたとえば腐植の量と撥水性には単純な関係はなく、どんな物質があるか、というアプローチは難しい。水を入れて混ぜると撥水性が急激に低下するが、それを乾かすと再び出てくる。
池淵周一(京大防災研) 市民感覚からすると大雨の時に現場で何が起こっているのかを映像で示すことが重要。地表流のビデオ撮影に力を入れてほしい。
小杉 危険もあるが、安全に注意して今後ぜひ撮影したい。
砂田憲吾(山梨大工) 古典的水文学では、降雨は初期は全部浸透し、地表面流は後から出てくる。今回の発表ではそれが逆だが、流出をモデル化する場合にそれがどの程度影響するのか。単に降雨初期だけの問題ではないのか。
小杉 雨が150mm降った後でも撥水性は残っているので、モデル化でも重要なプロセスである。従来の浸透理論、すなわちリチャーズ式やグリーンアンプト式などではこのような現象をシミュレートすることはできない。
質問者不明 ヒノキ林の話だったが、スギ林、広葉樹林ではどうか。
小杉 森林総研の小林政広さんが長年撥水性の研究をしている。それによると撥水性はヒノキ林で顕著であるが、スギ林や広葉樹でもみられる。
 また恩田CRESTのサイトでは、三重、高知ではヒノキ林の撥水性が強いが、長野では弱い。なぜ地域によって違うかはわかっていないが、植生によって決まるという単純な問題ではない。
立川康人(京大防災研) 結果について確認したい。洪水の初期では地表流の寄与が大きいが、後半では小さいということか?古典的水文学では、洪水初期における水みち(林道など)からの寄与が大きいということが言われていたが、そのような現象と同様であると理解していいか。小杉 示したデータはすべてホートン型地表流であって、飽和地表流や 復帰流ではない。見せたデータは地表流だけで河川流量ではない。降雨に対する地表流の量の割合(流出率)が降雨後期には減っていくということである。観測サイト内に水みちは存在しない。
村上雅博(高知工科大)四万十川では、森林で最も大事なのは間伐をして下草を生やすということである。下草が生えれば解決のように理解されているが、実際のデータは下草が良好、不良、下草なし、で比較してどのように違うのか。
小杉 データは、下草があっても地表流は出るが、ないところよりは量が少ないという結果。下草があっても撥水性はある。下草がないところでは撥水性に加えて土壌のクラスト化の影響が加わると考える。一方、水以外に物質の流亡が問題であり、下草は物質の流亡を抑える効果が大きいと考える。
ご意見、ご質問、コメントをお待ちしています。

投稿3 蔵治光一郎  2006/1/14(土) 午後 7:26 

 2006/1/14(土) 午後 7:26 投稿数1、コメント0、トラックバック0
池淵先生の質問にあります、地表流のビデオを収集することが、今後重要であると考えられますので、皆様から広くビデオを募集し、ライブラリとして整備したいと考えています。ビデオをお持ちの方でご協力いただける方は、ご提供(借用)いただければ幸いです。
恩田CRESTの最新の研究成果は、1月28日(土)に瀬戸市で行います「緑のダム」シンポジウムで発表されます。また、2月22日(水)に豊田市矢作川研究所・豊田市森林課が「矢作川の森林を考える」と題するシンポジウムを豊田で行いますが、そこでは小杉さんを発表者としてお招きし、お話を伺うことになっておりますので、興味のある方はぜひご来場下さい。
恩田CRESTは、今後2年半ちょっとの間、継続されますので、今後の研究の成果がますます注目されるところです。研究成果の論文は続々と発表されていますので、ご注目ください。http://crest-hydro.s.chiba-u.jp/
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