安座間安史・石田健. 1997. ノグチゲラとやんばるの森. BIRDER 125(1997-6): 32-36.(本文)
ノグチゲラとやんばるの森
安座間安史・石田 健
ノグチゲラはやんばる(山原)と呼ばれている沖縄島北部の森林にのみ生息するキツツキ科の鳥で一属一種の世界的珍鳥であり、沖縄島の固有種である。その学術的価値と個体数の少なさからIUCN(International
Union for Conservation of Nature and Natural Resources)や環境庁の絶滅危惧種、文化庁の特別天然記念物、そして沖縄県の県鳥にも指定されている。図鑑などの絵や写真でみると一見地味な色をしているが、明るい場所でじかにほんものを見ると、赤い金属光沢のある美しい鳥である(写真1)。また、巣の周りなどでフィリフィリフィリというような、少し幻想的な声を出すこともある。
やんばるの森に入ってノグチゲラに会うときには、フィチあるいはフィッと聞える警戒声か、ドラミングや木をつつく音でその存在に気づくことが多い。姿が人目につくのは移動中で木の上部の枝にとまっているところや飛んでいるところである。
ノグチゲラの生態については、営巣活動がもっともよく観察されている。巣穴掘りから、ヒナへの給餌まですべての作業を雌雄で分担して行う。抱卵期間が10〜12日、不可後巣立ちまでが約30日である。産卵数は未確認だが、巣立ちビナの数などから1〜3羽と推定されている。
巣のヒナには、大きな餌をくちばしにくわえて餌を持ってくるので、そのメニューは確認しやすい。メニューの大部分をしめるのが、蝉の幼虫やコオロギ・ムカデなど地上付近にいるもので、くちばしに土がよくついている。次に多いのが大型甲虫の幼虫や成虫で、中には天然記念物の巨大なヤンバルテナガコガネも混じっている(安座間・島袋
1984; 金城 1991)。餌のメニューは巣によって異なっていたが、おもしろいことに、どの巣でも雄がセミの終齢幼虫を多く持ってきたのに対して、雌はそれをほとんど持ってこず、その分カミキリムシの幼虫などを多く持ってきたという(金城
1991)。つがいの間で巣の近くの採食位置を使い分けているものと、予想される。
ノグチゲラは、多くの時間を林床や森林の下層の倒木や落枝、朽ち木などをつついて採食しながらすごしている(写真2)。わりあいに静かに、それこそこつこつと作業しているので、野鳥としてはそれほど警戒心の強い方ではないが、みつけてじっくり直接観察できる機会はなかなかない。やんばるには、猛毒をもつハブが生息しており、その意味でも研究のために観察しやすい動物ではなく、巣での観察以外の詳しい生態研究は残念ながらほとんどなかった。ハブは、小動物や草花にとっては略奪者の人間を遠ざけてくれる守り神のように思われることがある。人にはふつうきらわれるハブも、やんばるの森の大事な一員である。しかし、近年ではあまりにも多くの広びろとした林道がやんばるの森林を切りきざんでおり、舗装された広い道路端でノグチゲラに接する機会がとても増えてきた。
大規模な林道は、森林を削って生活場所を奪い、森を分断化させて小さな生き物たちの個体どうしの交流を妨げるばかりではない。マングースやノラネコ、ハシブトガラスなど、やんばるに古くから暮らしてきた生き物たちにとっては逃げるのに不慣れな捕食者を森の中深くまで容易に侵入させる。ノグチゲラの好む環境に似ていることから、林道ばたの林縁に営巣している例もよく見るようになったが、そのような巣で巣立った若鳥の多くが巣立ち直後に補食されてしまっているのではないかと危惧される(石田
1989, 1995)。
ノグチゲラは、ここ30年ほどの間「生息数が100羽前後」という推定が何度か繰り返されてきたが、個体数についての十分な調査はおこなわれてこなかった。1987年から1991年までの5年間、沖縄県の事業として、生息地における林齢毎の森林植生調査や貴重動物の生息状況調査などが行われ、ノグチゲラについても生息環境と生息状況の調査がおこなわれた。
ノグチゲラの営巣木は、以前行われた調査結果とも合わせて集計すると、180本中151本(84%)がスダジイだった。これは、単に森林の中にスダジイが多いというだけではない。巣穴の一つを調べてみたところ、巣穴の部屋のある心材には菌が入り腐りかけてやわらかくなっていた。スダジイには地上部から徐々に上へ向かって腐れが入っており、そのような性質をもっている大径木が多いために、掘りやすくかつあるていど丈夫な営巣木として好まれるのである。
営巣木の胸高直径は、19〜84cmまであり、25〜44cmの木が3分の2をしめた。巣穴の入り口の位置における木の直径は、18〜64cmまであり21〜39cmの木が86%をしめた。営巣木の樹高は11〜14m台と17m台にモードがあり、樹高11m以上の木を主に利用していた。巣穴の高さは、2〜7m台の範囲に88%が集中していた。その内3〜5m台は、57%を占めた。この高さは、ちょうど、下層の低木と上層の林冠の間の森林内の空間の多い部分にあたる。
調査地域における営巣木の分布は、林齢40年生以上の林分に多く出現し、その周辺に隣接する30年生以上の森林を含めた地域に集中していた。位置と林齢が特定できた131本の営巣木の内、91本(70%)が50年生以上の森林、33本(25%)が40〜49年生、7本(5%)が30〜39年生の森林にあり、30年生未満の若い林に営巣木は1本もなかった。ノグチゲラが営巣できる森林は、林齢40年生以上というのがひとつの目安になる。
営巣木のある場所の地形を比較すると、同一林齢内では、尾根部が少なく、谷間に多かった。
つぎに、ノグチゲラの確認地点の分布を分析してみる。育雛活動や雌雄のつがいと思われる成鳥が同時に確認された地点は、繁殖地域と考えられる。そうした観察結果がえられた繁殖確認地点の大半が、やはり林齢40年生以上の森林地域だった。
繁殖時期に単独で姿が確認されたり、ドラミングや警戒声といったノグチゲラのたてる音が確認された地点も、繁殖していた可能性のある地域と考えられる。繁殖可能性地域は、林齢40年生以上の森林と隣接する30年生以上の森林に広がる傾向があった。特に、30年生台でも谷間のように樹木の成長のよい地区に多くみられる傾向があった。確認地点数だけでなく、確認個体数も、林齢が大きいほど多かった。
そこで、林齢40年生以上を目安として、沖縄北部の樹齢別の森林分布をみると、顕著な特徴がある(図2)。北から西銘岳、照首山、与那覇岳、伊湯岳、玉辻山と連なる中央脊梁山脈の西側では、林齢40年生以上の区域の幅がきわめてせまく、虫食い状態で分断化が著しくすすんでいる。林齢40年生以上の森林がまとまってあるのは山脈の東側だけだということである。このまとまった林齢40年生以上の森林の大部分が残っているのは、実は米軍の北部訓練基地とその周辺である。この事態をどう考えたらよいのであろうか。
ノグチゲラの個体数推定につながる調査としては、二通りの調査がおこなわれた。1つは、プレイバックを利用した片側150m(ノグチゲラの音が聞こえる一般的な距離)、両側300mのベルトトランセクトによるドラミング個体のセンサスである。3ヶ所の調査の内、沢部の調査コース2ヶ所はヘクタールあたり0.178羽と0.176羽、尾根部でヘクタールあたり0.078羽という結果が得られた。この調査地と同等の、東部地域を中心にした林齢60年以上の森林2,300ヘクタールには、最大で約390羽のノグチゲラが生息している換算になる。
一方、巣の中のヒナへの給餌期に、巣穴の近辺に数人の調査者を配置してトランシーバーで連絡をとりながら親鳥の行動を直接追跡する方法によって得られた、営巣期の行動圏の広さも推定された。西銘岳付近の約100ヘクタールの調査区域の中には、ノグチゲラの巣が5つあった。3つの巣の親鳥の採食行動が観察された範囲は4.1〜5.8ヘクタールで、その周辺の活動推定範囲もいれると平均して7ヘクタール程度が、営巣期の行動圏だと推定された。金城道男さんたちによる別の場所での同様の調査でも、6〜7ヘクタールだった。この時期のノグチゲラの面的な森林利用率が100
%だとは考えられないので、この調査区域での100ヘクタールあたり5つがいという営巣密度をそのまま全体の生息密度と仮定して、林齢40年以上の森林の面積である3,200ヘクタールにかけると、160つがい、320羽という結果が出る。
これらの数字は、まだ根拠の不確実なものであるが、従来の推定値よりは実数に近いと期待される。今後、ドラミング等を利用したノグチゲラのより正確な個体数の推定と、その数の変動を長期間継続してモニターしていくことが、本種個体群の保全を検討する上で基本となる課題であり(石田
1989)、ここで紹介したことはその出発点となるだろう。前にも述べたように、林道や外来捕食者などの影響で繁殖成功率が低くなっている可能性もあり、今後、足環で識別した個体の観察などより詳細な研究も必須である。現在、建設省や環境庁によるより詳しい研究プログラムが進行・企画されており、今後数年の間にノグチゲラの生態が明るみにでることが期待される。
ノグチゲラをみ、その保護を考えていると、ノグチゲラは、沖縄の自然の象徴の1つであるばかりでなく、森林の更新や食物となる多くの小動物など、ほかの生き物たちとのつながりを通してやんばるの森林のしくみを教えてくれる大事な道しるべのような気がしてくる。ウリズン*のころのやんばるの森には、ノグチゲラの声が良く響きわたる。
*, 沖縄の初夏のころをさす季語
引用文献
安座間安史. 1989. 沖縄島国頭地域における森林伐採の陸上動物群集への影響. 沖生教研会誌 22: 3-12.
安座間安史・島袋徳正. 1993. 沖縄島北部地域(国頭村・大宜味村・東村)におけるノグチゲラ生息状況調査. 特殊鳥類等生息環境調査4VI.
沖縄県環境保健部自然保護課: 41-58.
安座間安史・島袋徳正. 1984. ノグチゲラの育雛活動について. 沖縄生物学会誌: 79-90.
石田健. 1989. オーストンオオアカゲラとノグチゲラ個体群の保護と調査・研究に関する提言. Strix 8: 249-260.
石田健. 1995. オーストンオオアカゲラは今 − 黒くて大きな南の島のキツツキはカミキリムシが好き. 私たちの自然 408:
14-17.
金城道男. 1991. ノグチゲラ. 週刊朝日百科 動物たちの地球 29: 140-142.
写真1. ノグチゲラ [石田、枯枝にとまっている全体写真]
写真2. 落枝の上で採食するノグチゲラ [石田]
図1. 営巣木の樹高と巣穴入り口の高さの頻度分布およびスダジイ天然林の階層構造の模式図(安座間・島袋 1993). [文献の図3]
図2. 繁殖期におけるノグチゲラの生息確認記録(1991/92年4 〜6月)と林齢40年以上の森林の分布(安座・島袋 1993). [文献の図1と5を合成、メッシュはとる]
写真3. 山原の新緑. [石田]