秩父山地におけるミズナラ実生の動態と空間分布の構造

動物と樹木の空間スケール投影

 

石田 健 (東大・農生命)

 


1. はじめに

 日本の温帯・亜熱帯における森林動態の理解にとって、重要な研究課題の1つであるブナ科の大型種子(ドングリ)のマスティングの進化については、「有効な受粉」の他に「動物による捕食の回避」仮説も有力と考えられる。また、ドングリにおいて重要だと考えられている動物散布の関与は、捕食回避仮説とも強く関連づけられるだろう。本研究は、ミズナラ(Quescus crispula)地域集団の遺伝的構造に、ミズナラの堅果の動物散布が有意に関与しているか否か、有意に関与している場合にはどのような空間と時間のスケールにおける関与なのかを明らかにするこころみである。

 

2. 調査地および方法

 埼玉県大滝村にある東京大学秩父演習林の2つの流域にまたがるほぼ3km四方の区域で、ドングリトラップ(直径50cmのバケツ3個ずつ7か所、1997年〜2003年)と実生、落下堅果、熊棚等の任意観察(1992年〜2003年)によって、ミズナラの結実状況を把握した。2000年〜2003年の主に6月と7月に、秩父演習林27・28林班界の、標高約950mの谷底から標高約1550mの尾根上部までの斜距離約1600m、幅1mのベルトトランセクトで、ミズナラ・ブナ・イヌブナの3種の実生の分布と生残を記録している。2001年〜2003年10月に樹冠上辺に出ている森林鉄塔と地上から、カケスがドングリを運ぶ行動を直接観察し、採取地点と搬出地点を確認した。搬出地点の1か所において、2003年の夏にミズナラの実生と成木の分布を調べた。

 

3. 結果

 1992年〜2003年の間に、ミズナラ堅果の豊作年が3回、不作年が5回、並作年が4回あった。3km四方ほどの区域において、不作年にも結実する木はあり、全体では結実の同調性は低くかった。また、結実する木は単木的に分散せず、集団をなしていた。

 ベルトトランセクト上の実生のほとんどは、1〜3年で消失した。実生の発生地点は、毎年移動した。ただし、明確な部分集団は識別されなかった。

 カケスが谷を越えて1.5km前後ドングリを運んだ先の地点で、ミズナラの実生を発見した。その周辺と、上部にミズナラの成木はなかった。

 

4. 考察

 ミズナラのドングリの捕食者のうち、カケスとアカネズミが、ミズナラのドングリを散布している。本調査地では、カケスは1〜2km、アカネズミは約200mまで散布することが示唆されていた。カケスの運搬したドングリから実生が発生していることが確認された。個体ごとに実生からの生残を確認するのは困難なので、次にはこれらの動物の行動範囲とミズナラの部分集団の空間スケールと投影をすることが有効だと推定される。

 ミズナラの結実の同調性を指標として、近縁あるいは同じコホートに属する部分集団を識別できる可能性が示唆された。マイクロサテライト等のDNAマーカーを用い、葉と実生地下子葉の種皮等を試料として(大手 未発表)、異なる生活史段階のミズナラ集団の遺伝的構造の確認作業を併用することによって、動物散布の意味が明らかになると期待される。

 

本研究ホームページ: http://

forester.uf.a.u-tokyo.ac.jp/~ishiken/japanese/ masting/

演者のメールアドレス:ishiken@es.a.u-tokyo.ac.jp