日本林学会 T4テーマ別セッション

ミズナラ実生の斜面分布とカケスによる散布軌跡
○石田 健・佐藤大輔(東京大学大学院農学生命科学研究科)
1.目的
 小はシギゾウムシから大はツキノワグマまで多種多様な動物が,ミズナラの堅果=ドングリを食べる.ミズナラの種子散布は,重力散布が量的に大半を占め,更新や分布変化においては動物散布が重要な局面があると考えられる.重力散布と動物散布の次世代への遺伝的貢献割合や,多くのドングリ捕食者の中で,ミズナラの地域集団の更新にとって,どのような動物がどのような状況において種子散布の重要な役割を担っているのか興味深いが,未だに不明な点が多い.
 本研究は,(1) ミズナラ結実の遺伝特性,(2) ミズナラ地域集団の遺伝的空間構造,(3) ミズナラの重力散布と動物散布の対比,などについて把握することにより,ブナ科樹木と種子捕食者および種子散布者の動物との種間関係をときほぐし,不定常結実など森林動態に動物が果たす機能を明らかにすることを目ざす.本発表では,(3) について,重力散布なら下方へ長距離転がっていくだろう急傾斜地の実生分布とドングリを最も遠くへ散布すると予想されるカケスの散布行動を対比させ,両者の差を考察する. 
2.調査地と方法
 調査地は,埼玉県西部の奥秩父地方にある,東京大学秩父演習林の27・28・29・30林班とその周辺である.大部分が30度を超える急傾斜で,標高約900m〜1600mの範囲にある.地形と標高に応じて,多様な森林植生が複雑に入り組んでいる.ミズナラ壮齢木は,主に数個体の小集団か個体単位で散在している.
 標高約950mの沢から約1550mの尾根頂部まで(ST1)と,標高約1200mから約1350mの尾根鞍部まで(ST2)に,連続して,幅2mのトランセクトを設定し,2000年(ST1=850m,ST2=250m区間)と2001年(ST1=1500m, ST2=250m区間)の6〜9月に,ブナ科3種(ミズナラ,ブナ,イヌブナ)の実生を,小旗で個体識別して記録した.ミズナラの結実動態を,1997年から秩父演習林内7か所に設置したシードトラップで記録し,1990年以降については,結実豊凶の概況を記録した.
 28林班の標高約1250m地点に設置した地上約25mでブナとイヌブナの優占する森林の林冠上辺に出,近くにミズナラの成木がある森林鉄塔上(観察地点1),および,標高約1300mの見晴らしのよい尾根上(観察地点2)の2か所で,カケスのミズナラ堅果運搬行動を肉眼と双眼鏡で観察し,飛翔軌跡を記録した.
3.結果
 ミズナラ実生の分布:2000年には,ST1において13個体,ST2において10個体,2001年には,ST1において33個体,ST2において18個体のミズナラの実生を記録した.ST1は,2000年に比べ2001年に斜面上方へトランセクトを約650m延長し,延長区間の一部にもミズナラの成木があったが,延長区間で実生は1本も記録できなかった.斜面に沿った実生の分布を,斜距離で10mおよび50m区間ごとに生育していた個体数の頻度でみると,いずれの場合も集中分布し,また,前年秋の調査地のミズナラの結実量が並作以下だった2000年と,同じく豊作だった2001年における実生の分布位置は,大部分がずれていた.重力散布による分散距離が急傾斜地においても小さく,実生生残率が低いことが示唆された.
 カケスによるドングリ運搬:観察地点1から,2000年の10〜11月および2001年の9月に,カケスが,ミズナラのドングリを採集しているのが確認され,ミズナラの樹上にとどまった後に,谷を越えて水平で約1〜1.5kmの距離を,直接飛翔して移動する行動が,繰り返し観察された.この場合,標高約1250m地点から標高約1000〜1100mへ,標高を下げて移動した.飛翔先からミズナラ結実木へは,梢伝いに戻った.
 観察地点2から,2000年10月に,谷を越えて水平で約500mの距離を,カケスがドングリを頬袋に貯えて飛翔していると推測される移動も確認された.
4.考察
 本研究では,まず,散布距離の著しく異なる状況を対比することにより,ミズナラのドングリの散布に動物が重要な機能を担っていることを,具体的に,自然状態で示唆した.また,そのことを実証する研究方法として,急傾斜地や谷を含む環境での観察が有効であることも示せたと考える.実生トランセクトにおいては,今後,実生の生残や母樹の分布とそれらの遺伝的類縁性の評価を行う.また,カケスが運搬したドングリの貯食地点と位置,およびそれらの場所における実生生残様式を確認する作業を行っていく予定である.

学情センター
和文抄録
 ミズナラ(Quercus crispula)の重力散布と動物散布を自然状態で検出するため,標高950m〜1550m,斜距離約1500m,幅2mの実生トランセクトでミズナラ実生の分布を調べた.また,ミズナラのドングリをもっとも遠くへ散布すると予想されるカケス(Garrulus glandarius)の堅果運搬行動を観察した.2年間の調査で,ミズナラの実生が斜面方向に集中分布し,集中位置が移動することがわかった.また,カケスが,谷越えで500〜1500m離れた地点にドングリを運搬することが確認された.カケスによる種子散布が,ミズナラにとって重要な機能をもつことが示唆された.

日本語キーワード:ドングリ,重力散布,動物散布,実生トランセクト,ミズナラ,カケス

Oak seedling distribution along a long slope and acorn dispersal by Jays
To detect the gravity and animal dispersal of Oak (Q. crispula) acorns, in situ, we set 1500m long seedling transect along a mountain slope, 950-1550m alt., at Chichibu, Central Japan. We also observed Jay's (G. grandarius) acorn load behavior. Seedlings appeared in contagions along the slope and the cohort shifts in each year of the two. Jays brought acorns 500-1500 far, over a valley. The acorn movements were distict and Jay function for the oak acorn dispersal is suggested to be significant in some phases of oak population dynamics.

Key Words: Acorn, Gravity dispersal, Animal dispersal, Seedling transect, Quercus crispula, Garrulus glandarius