ミズナラの結実特性(奥秩父の場合)
石田 健(東京大学・院・農生命)
1. 発表の趣旨
昨年の大会発表においては、動物の生態がブナ科樹木の生態に影響を与え、その生態が動物(同一種と別種の場合がある)の生態を規定しているような関係を、どのような視点でみることができるかについて、不定常結実(マスティング)の進化の種子捕食者飽和仮説を例として議論し、結論として
(1) masting が選択される仕組みを説明できるような研究の一端を固めていくのがよいだろう・・・・・例)●母樹と実生苗間の結実周期や堅果の形質などの表現型質の遺伝率を計算できるような実験と観察 ●ミズナラを中心に,捕食・種子散布・受粉などにおける動植物の相互作用のネットワークを記載
(2)豊凶の長期にわたる記録は継続・・・・●ミズナラで個体群内の同調性が高くない点は注目できる
(3)個体群の比較研究があり得る・・・・・●積雪・捕食者の有無などとの相関、といったことを示した。
今回は、捕食者飽和仮説が成立しているということを前提にして、種子散布仮説にも視点を広げ、動物とブナ科樹木の相互関係を考察する。上記の結論の中で述べた内、秩父山地におけるミズナラの個体ごとの4年間の結実変動の変異と、一部の個体の豊作時の堅果(ドングリ)の形質変異について暫定的な結果を参照して、「ドングリのせいくらべ」がだいじなのではないかという議論をしたい。
2.ミズナラ堅果の結実および形態の調査方法
結実量の個体あるいは場所ごとの変動と変異を知るために、東京大学大学院農学生命科学研究科附属科学の森教育研究センター秩父演習林内の7カ所にある10本(個体)のミズナラ樹冠下に、直径45cm、深さ90cmのバケツを21個、入口がなるべく水平になるように埋めて、年に1度、バケツ内に落果したドングリと殻斗を回収して数えた。動物による落果堅果の横取りを防ぐために、バケツの中に雨水をためたままにしておいた。1997年から2000年の4年間、堅果落下数を記録した。
東京大学秩父演習林、富士演習林、山梨県塩山市一ノ瀬などの任意の地点の、ミズナラの落果堅果の母樹が比較的特定できると思われた地上において、堅果を直接採集して、フラットベーススキャナーで平面画像記録し、ドングリの断面画像を二値化した上で、NIHimageを用いて、断面積(縦方向)、周囲長、長径および短径を測定しドングリの大きさおよび形態の指標とすることを試みた(図1)。
3.結果
堅果の結実変動: 1997〜2000年の4年間のうち、1998年と2000年に豊作あるいは結実量の多かった個体と1997年と2000年に豊作あるいは結実量の増加した個体があった(図2)。2000年は、1993年以来7年ぶりに、秩父地方のミズナラ、ブナ、イヌブナの3種が同時に豊作となり、1998年はブナが豊作だった。
ドングリの形態変異: 個体間には大きな変異があった。個体内の同一年、別の結実年間にも変異が認められ、変異の大きさは個体によって異なるように見えた。
4.考察
結実量年変動の個体変異の確認ができる作業量の調査を長年月継続することは現実的ではない。一定の母樹の変異を長年記録した結果を基準として、母樹と次世代木、あるいは近縁個体間の比較をするのがよい方針だ。堅果の形態変異は、年間のくりかえしが未確認であり、サンプリング手法に改善が必要である。変異の存在が記録できそうなので、その変異間の生存価の比較法が課題となる。堅果形態の変異が、結実量とのトレードオフの関係をもっているか、あるいはそのトレードオフの関係性に個体差や生存価の差異があるのかが課題となるだろう。種子散布に有利な形質は、種子散布者=捕食者の選択性と散布された堅果の実生生残率で評価できる。前者は、堅果の形態との強い相関が期待される。
学情
和文抄録
ブナ科堅果の不定常結実(マスティング)を、種子捕食者飽和仮説と種子散布仮説の両面から説明できるための、研究の方法について論じた。数百年間生存し繁殖する樹木の特性を確認するには、長期間の観察だけでは不十分で、遺伝する形質の抽出とその変異を明らかにし、変異間の生存価の比較ができるような研究手法を見いだす必要がある。埼玉県秩父地方の天然林において、ミズナラの結実量変動の変異と、堅果の形態変異を記録する試みの暫定的結果を提示し、個体差があることが示唆された結果をもとに、堅果形質と結実量のトレードオフの有無と変異、種子散布者=捕食者の選択性と実生生残率の相関を知る必要性を論じた。
キーワード:不定常結実、堅果の形態、動物散布、鳥、野ネズミ、ミズナラ
Acorn traits of Japanese Oak in central Japan.p
Studying strategy of Masting of Facea trees with Predator
satiation and Seed dispersal hypotheses is discussed. The whole
behavior of trees with a live of hundreds years cannot be really
recorded even with long-term ecological surveys. Heterogeneity
of crop fluctuations and acorn morphology among individuals and/or
populations should be pictured, and the relationship between the
varieties and fitness are required to be proved. I recorded crop
fluctuation for four years and tried to estimate the variety of
acorn morphology in Chichibu, central Japan. With the temporal
results from these surveys, the possibility of the survey strategy
mentioned above is discussed.
Key Words: Masting, Acorn morphology, Animal dispersion, Birds,
Mouse, Quercus,