『森の動物の100不思議』(1994年2月林業技術協会編) 原稿
東京大学秩父演習林・石田 健
思いきって一気飛びする小さな元気者？コゲラ
コゲラは、スズメより少し大きいくらいのかわいらしいキツツキです。つがいの絆が強く、ギーギーと穏やかな声で鳴きかわしながら行動しており、割合に目だちます。子の面倒見もよく、夏には数羽の家族でいるところも見られます。この数年、都市の小さな緑地でも頻繁に見られるようになり、ちょっとした林のある所ならほとんどの区域で営巣も確認されるようになっています。東京都内の探鳥会で1980年代に入ってから「普通種」になってきたことや、東京（江戸）近辺では武蔵野の木立が多く残っていた昔にも繁殖していなかったらしいということなどが、資料から明らかにされています。
コゲラの地理的な分布は、日本・朝鮮半島・沿海州・サハリンなど東アジアの一部に限られますが、沖縄の亜熱帯常緑樹林から北海道や高山の亜寒帯針葉樹林まで、また30ほどの大小の島々にまんべんなく分布しています。都市緑地は、コンクリートの海に浮かんだ緑の島に例えることができますから、コゲラが多くの島々に分布することと都市緑地に出てきたことは、関連があるかもしれません。
キツツキの翼は比較的短くて丸く、長距離飛行には適していません。コゲラのように小さいキツツキはなおさら、それほど遠くへ飛ぶことはないように思われます。しかし、コゲラは、森や深い谷の上空高くを数百�叩�街中では家々や道路の上を、ときどき一気に飛び越えて行きます。飛べることと飛ぶことは別物で、コゲラはそれほど飛べる鳥ではないけれど、思いきりよく一気飛びする性質を持っているようです。
それにしても、なぜ1980年代に入ってからコゲラが都市緑地にも出てきたのかは、なぞです。生息地の森林を開発され奪われて逃げ出してきた、雑木林で柴刈りされなくなって枯枝が増えコゲラも増えた、コゲラの習性が変わったなど諸説粉々です。私は、郊外の林が開発されて消失し、山地の親のなわばりから出て分散する若鳥などがその区域を飛び越えて都市緑地まで来るようになったという、「フィルター地帯（消失）仮説」をたてて、コゲラの動静を見守っています。３年以上連続営巣したつがいや前年生まれた巣の近所で営巣した雄の例などが、東京都内でもあります。それだけ定着しているのには、都市緑地を去るときよりも山から出てくるときのほうが、一気飛びの距離の上限が長いといったことがあるのかもしれません。住めば都で、広い山の森へは戻りにくくなってしまうのでしょう。一気飛びの性格は、天敵に襲われやすいなどの点で不利な、都市のばらばらの緑地にも馴れる必須条件になっていそうです。多様な森林に生息するコゲラについて、個体識別をともなった注意深い観察が各地で行われれば、きっと興味深い事実がたくさんでてくることでしょう。