Bird Research 用 (約1000文字)
SF ギルバード・D エッペル
生態進化発生学
東海大学出版会
生物は環境に「巧み」に対応して暮らしている。環境に合わせて巧みに自身が変化したり、逆に自身に合うように環境を巧み変えたり、しばしばその両方だ。複数(多数)の生物が共闘を組んで(共生して)暮らしてもいる。相手変われば、自分も変わる。そういう生物の事象を「可塑性」と言う。生物の暮らしぶりを詳細に観察すると、親の形質変化(環境応答)が子の形質にも伝わる、「獲得形質が遺伝する」(ラ・マルク)ように見えることがある。自然選択説のダーウィン進化論の充実で、ラ・マルク的仮説は歴史上の誤った仮説として教科書などには紹介されるようになっていた。しかし、その探求を続けてきた奇特な研究者もいた。20世紀、DNAを直接観察し実験する技術を用いた研究の発展によって、次々と新しい科学的仮説が積み重なり、21世紀に入って、環境の影響をうけて遺伝子も変化し、その変化が遺伝するしくみがあるとがわかってきた。エビジェネティクスという研究分野の名前もつけられた。生物の可塑性とエピジェネティクス、それを引き起こす化学物質や放射線などさまざまな環境要因について、多数の実例とイラストをつかってみごとに明快な解説を、本書は披露してくれる。ダチョウの腹タコが生まれたときからあるとか(310頁)、最新のダーウィンフィンチのくちばしの分子進化発生学の成果とか(282~283頁)、恐竜との系統関係を決定づけた研究とも関連する鳥の指の進化発生学の成果とか(280頁)、鳥の話題も興味深いし、ほかの生物のいろいろな実例もイラストでわかりやすく解説されている。本書は、今、わたくしたち日本人がとりくむべき福島第一原発事故の問題にも多くの面で参照できる。DNAなどの実験は、ほとんど実験室の極めて限られた条件で行われるが、生物は自然の複雑な環境の中で、他の多くの生物や変動する環境に対応しながら可塑性を発揮する。環境の中で確認する重要性を本書は協調している。詳細できれいなイラストが多数もちいられた「絵本」なのに、内容は科学だ。エピジェネティクス、いわゆる環境ホルモンの科学的課題や、一般を説得するための社会的な心構えなどまで、造詣の深い内容が網羅されている。翻訳書にはほとんど欠点がみられない。ページ数などが原著に近い体裁で、日本語としても読みやすく、文学的な香りも感じられる。ぜひ、鳥好き、自然好き、そして少しでもこのすばらしい自然を後世にも残したいという気持ちのあるなみなさんに手にとっていただきたい。(石田健)