石田健・杉村乾・山田文雄. 1998. 奄美大島の自然とその保全. 生物科学 50(1): 55-64.


Nature and Conservation of Amami Island
Ken Ishida, Kan Sugimura and Fumio Yamada





 奄美大島の自然とその保全
 石田 健・杉村乾・山田文雄
 奄美大島は, すぐ北側に渡瀬線が引かれ, アマミノクロウサギ・オオトラツグミ・オーストンオオアカゲラ・ルリカケス・アマミヤマシギなど, 奄美諸島に固有の生物個体群が多く生息し, そのいずれもがとても個性的な形質を持つ. アマミノクロウサギやルリカケスを原告とする自然の権利訴訟やアセスメント調査報告書公開訴訟の話題から社会的にも注目されている奄美大島の環境保全について, 森林科学の研究者として取り組んでいる私たちは, 1997年4月の日本林学会において表題の自由集会を催した. 石田が主に鳥類, 山田が哺乳類, 杉村がそれらと社会との関係について解説し, 九州大学の矢原徹一さんに保全生態学の立場からコメントをいただいた. 本論説でもそれぞれのところを3人が分担執筆し, この序文・地理・最後の森林保全について共同で執筆した。
 奄美大島は, 過疎, 振興資金, 乱開発, エコツーリズム, 島, 固有種など様々な面から, 日本の森林の保全を考える上でもっとも顕著な場所の一つである. むずかしい問題は残っているものの, 豊かで独特の生態系をはぐくめる自然・地理・社会条件はそろっており, 現在とこれからの取り組みによって, それなりによい成果が期待できる場所でもある.
 「本土なみ」を目指した奄美群島振興開発事業費が国から無分別に投入され, 森林伐採と土木工事によって貴重な自然が大規模に破壊されてきた. 5〜6年前までは, ひしひしとした危機感をいだいたものだが, 幸い, 泡景気の後退にともなって, 無分別な開発は潮を引きつつあるようだ. もともと採算の合わないチップ工場は閉鎖の方向がすすみ, 広葉樹は需要が極端に落ち込んでいるという(服部 私信). また, ゴルフ場開発などの計画も, 一時的にせよ止まっている.
 一方で, 奄美の自然に対する内外の関心は高まり, いくつかの市民グループが地道な活動を続け, 環境庁の奄美野生生物保護センターも大和村に本年度中に建設される. エコツーリズムが盛んになりつつあり, 森の中で調査中にタクシーが乗りつけて, 「ルリカケスはどこにいるか」と聞かれるに及んでは, 新たなルールづくりの必要を感じる段階になっている.
 昨秋は, スダジイが大豊作で, 春になって林床には充実したドングリがまだたくさん残っていた. 奄美大島の森林は壮齢期に達しても成長が旺盛で, 今, 社会が望ましい方向へ向けば, 遠からずまたすばらしい自然がよみがえるものと期待される.
 生物の研究上もおもしろい課題がいろいろあるにもかかわらず, 屋久島と沖縄諸島の間にあって, 以前は交通も不便であったことから, 研究がやや遅れていた. しかし, ここ10年あまりの間に, 在島の方々の自然への関心も高まり, 島をおとずれる研究者も増えつつある. 奄美大島の自然は, 植物や両棲爬虫類・無脊椎動物・魚類など他の生物もいれたら, たいへん話題が豊富だが, ここでは我々がふだん接している鳥獣を話の材料にして, 最近の研究成果を入れて紹介したい.

 奄美大島の地理と森林
 奄美大島の面積は約709平方キロ, 加計呂麻島等の近接の島を合わせると約820平方キロある. 多くの場所で海岸線まで急斜面がせまっており, 笠利半島だけは平坦で畑地などの開発が進んでいる. 徳之島は, 面積が約250平方キロで, 平坦地が多く開発が進んでいる.
 奄美大島の伐採地を含めた林野面積は, 全体の約85%, 天然性の照葉樹林が52%余りである. 天然林の林冠を占めている主な樹種は, スダジイ, フカノキ, エゴノキ, イジュなどで, 風当たりの少ない窪地の方が湿度が保たれ養分もたまりやすいので, 木が高く育つ.こうした場所に残された原生林(に近い森)にはみごとな大木が生い茂っている.
 海岸に面した急斜面や尾根などの風当たりが強く乾燥した場所は, スダジイやシャリンバイなどの低木林になっている. 標高 694.4mの湯湾岳山頂付近などには, 霧がよくかかり, 空気の湿度が比較的高く保たれて, タイミンタチバナ, ミヤマシロバイ, イジュなどの低木林がある. 残りは, リュウキュウマツの混じる二次林, リュウキュウマツ, シャリンバイなどの植林地, 伐採地, 竹林, 草地などである.
 ほとんどの照葉樹林に人の手が入っていて, いずれの固有種にとっても重要な原生的な森林は, 名瀬市近郊・金作原の一部, 島の中央を走る中央林道沿いの神屋国有林周辺, 南西端の油井岳北側斜面などに分散して, おそらく 1,000〜 1,500ha(5%未満)が残っているだけで, 今も伐採され続けている.

 奄美大島の鳥類
 奄美大島では, 290種余りの鳥類が記録されており, その約9割が季節的に島を出入りする渡り鳥である(奄美野鳥の会 1997b). その内, ルリカケス Garrulus lidthi ・オオトラツグミ (Zoothera major または Z. dauma amami)註1 およびアマミヤマシギ Scolopax mira といった森林に棲むものが, 固有種である. オーストンオオアカゲラ Dendrocopos leucotos owstoni もきわめて特徴的な亜種個体群である.
 ルリカケスは, 照葉樹林からマツの混じった二次林まで比較的広く見られ, 平均的には島で多く観察される種の1つである. 照葉樹天然林をより好んで利用し, 1平方キロ以上の広い(群れの)行動圏を持っていると推測される. 樹上で観られることが多いものの, 奄美大島では主に地上で活動するという毒蛇ハブの胃から多く出ることから, 地上でもよく採食活動などを行っているらしい. 頬を一杯に膨らませて飛んでいたこともあり, ドングリが大事な食物のひとつで貯食もしているようだ. 声による意志伝達が割合発達している様子であり, 群れで生活して, ヘルパーもいる(石田ほか 1990b).
 オオトラツグミは, 奄美大島と加計呂麻島の大木の多い林床の比較的湿った森林にのみ生息する(石田ほか 1995). 独特のさえずり, 12枚の尾羽および大きな体によってトラツグミZ. dauma aureaと区別される. 嘴峰長・嘴高(くちばしの太さ)やふ蹠長・翼長などがはっきりと大きく, 食生態と関連の強いくちばしや脚の長さが異なっていることは, 生態的にも差異があることを示している(図1; 石田・樋口, 1990).
 オオトラツグミのさえずりは, 奄美大島でも越冬するトラツグミの「ヒーン」というような単調なさえずりとはまったく異なり, 澄んだ響きの「キョロン」というような声で, 両個体群が自然状態では交雑しないことが強く示唆される. オオトラツグミは, トラツグミとは独立した種だと考えられる.
 繁殖期, 特に2月末〜3月の, 日の出前の約30分間にいっせいにさえずる. 奄美野鳥の会が, 春, 主要生息地のオオトラツグミのさえずり個体のセンサスを続けている. このさえずっている個体の数は, 全島で50羽を少し越える程度だった(奄美野鳥の会 1997a). 全個体がつがいになって繁殖しているとしても, 有効な個体群サイズはせいぜい100羽をいくらか越える程度でしかない.
 アマミヤマシギは, 奄美大島・加計呂麻島・徳之島で繁殖している. 沖縄島北部など南方の島でも観察されているが, 繁殖は確認されていない.
 アマミヤマシギの相対生息密度を, 夜間に林道を自動車でゆっくり走って数える方法によって間接的に評価したところ, 繁殖期にはマツの多い二次林域よりも, 照葉樹二次林・壮齢林の混在した区域や海岸に近い風衝低木の照葉樹林と原生的な照葉樹林の区域の生息密度が高くなっていた(図2). 実際の生息密度や個体数を推定するために, 試験的に1羽に発信機を装着して行動域を追跡した. 2月から8月の7カ月の追跡結果では, 直径500mあまりの範囲にとどまり, 林道上での自動車センサスは, 相対的な密度評価として有効だったと思われる(石田・高 1998). 名瀬市近郊の林道で観察される本種の数が, 近年著しく減っており, 減少した範囲と時期が野生化したマングースの推定分布域の拡大と符合することから, その捕食が原因と考えられている.
 オーストンオオアカゲラは, オオアカゲラの最大の亜種で, 羽毛が著しく暗色である. 奄美大島のみに分布し, 加計呂麻島にもいず, 笠利半島でも繁殖はしていないようだ. 塒穴や巣穴が掘れる大径木, 採食場所としても太い枯木を多く必要とし, 分布拡大にはかなり保守的な性質を持っているようである(石田ほか 1989).
 オーストンオオアカゲラが繁殖していると思われる森林は, 統計資料をもとにおおざっぱに推定すると1万ヘクタールたらずである. 3月の早朝にドラミングしている個体を数えたところ, 推定生息密度は場所によって0.5〜3.0羽/100haだった. 集落の林縁などにある巣では, 大半の巣立ちビナがハシブトガラスに捕食されているようで, ヒナが無事巣立てるのは原生的な照葉樹林の中に限られるだろう(石田・植田 1995).
 国際自然保護連合(IUCN) が提唱している絶滅危惧種の新しい基準に照らすと(矢原 1996), オオトラツグミは, 成熟個体が250個体未満と推定されること, アマミヤマシギは, 分布域が5000平方キロ未満でかつ生息環境の質と成熟個体数において連続的減少が観察されていることによって, 2番目に厳しい "endangered"にあたる. ただし, オオトラツグミは一番厳しい"critically endangered"に近い. オーストンオオアカゲラとルリカケスは, 3番目の"vulnerable"該当し, 前者の方が, 環境選択の幅がせまくかつ分布域が狭いので要注意である.

 遺存固有的な分布
 形態の特徴から, ルリカケスにもっとも近縁な種は, ヒマラヤ山地のカシ類の混交林や針葉樹林に生息しているインドカケス Garrulus lanceolatus だと言われている(山階 1941). また, ヒマラヤのトラツグミの基亜種や東南アジアの「トラツグミ」は, オオトラツグミのように複雑なさえずりを持っている. これらは, アジア大陸に広く分布していた共通の祖先から, 分かれて離れた場所に生き残った遺存固有種だと推定される(石田・樋口 1990a).
 台湾にいるコトラツグミ Z. d. horsfieldi はトラツグミよりも小さく, 地理的に近くに生息し大きいオオトラツグミと対照される. 台湾のオオアカゲラ D.l. insularis は亜種中もっとも小さく, オーストンオオアカゲラはもっとも大きいので, 両方のパターンは似ている. 奄美大島が, 東洋区の北端に位置することと関連が示唆される(石田・樋口 1989, 1990a).
 奄美大島では, ウグイスが繁殖していない. 繁殖期以外にはたくさん観察され, 春先にはさえずっているのに, 繁殖期になると姿を消し, 営巣や雛の記録がないのである. ウグイスは徳之島でも繁殖せず, ウグイスの分布はウグイスに託卵するホトトギスの分布とも一致しているようである(高 私信).
 ウグイスの繁殖を妨げるような環境要素が, 奄美大島と徳之島だけに存在するとは考えられず, ウグイスが周辺のほとんどの島で繁殖していることを考えると, なんらかの原因で奄美大島の繁殖個体群が絶滅した可能性がある. ウグイスの帰巣性, 島の地誌, 現生種の絶滅可能性などについて参考になる問題を提起しているのかもしれない. このような鳥の個体群の分布がみられ, 奄美大島は進化の上でもたいへん興味深い島である.



奄美大島の哺乳類
 奄美大島産の哺乳類は14属16種おり, このうち希少種とされるのは6属6種で, いずれも研究があまり進んでおらず生物学的情報は乏しい(表1).

 希少哺乳類の現状 
 ワタセジネズミCrocidura horsfieldii watasei は体重3〜7gの小動物で, スリランカ, カシミール, 北ビルマ, インドシナ, 台湾に生息するオナガジネズミCrocidura horsfieldiiの1亜種とされ, 奄美諸島と沖縄本島に生息している(阿部, 1996). 本種は秋になると石の間などに草などを用いて丸い巣をつくるため, ハブや移入種マングースなどの捕食の対象になっている. 本種の生息状況は, 奄美大島の笠利半島部などを含め, 奄美大島や徳之島の河川周辺や人里近くで生息情報があるが, 奄美大島では平坦地が少なく実際の生息数は少ない可能性もある(環境庁, 1995). 詳しくは不明である.
 オリイジネズミCrocidura oriiはジネズミC. dsinezumiの島嶼型大型種で, これまでに奄美大島と徳之島で数頭しか捕獲されず一応独立種とされているが, 最近の海外の研究者は日本産ジネズミ亜種も含めてC. dsinezumi1種に統合する場合が多いため, 分類学的再検討が必要とされる(阿部, 1996). 生息情報は極めて少なく, 生息数や生態などはまったく不明である(環境庁, 1995).
 アマミノクロウサギPentalagus furnessiは体重2〜3kgの中型動物で, 奄美大島と徳之島だけに生息する固有種である. 本種の近縁種はなく, 海外の研究者も独立種として1属1種に位置づけている(Angermann et al. 1990; Corbet andHill 1991; 川道・山田 1996). アジアではスマトラとヒマラヤに古い系統のウサギが分布しており, 今後関係解明に興味が持たれる. 本種は特別天然記念物に指定されている. 最近の生息状況として, 奄美大島の1970年代と1990年代の分布域を比較すると, 分布域はかなり縮小化しており, 半島部, 集落周辺, 市街地などで分布の空白地帯が生じている(図3;環境庁, 1995). 比較的生息数の多い地域は, 奄美大島では1)川内川左岸部, 2)住用川上流部と湯湾岳周辺部, 3)肥後山・金川岳周辺の3地域, 一方徳之島では過去の分布は不明であるが, 現在では1)天城岳南部, 2)井之川岳西部の2地域である. ラジオ・テレメトリー法で本種の行動圏が2〜3haであることなどが明らかになりつつある(山田ほか, 1997). アマミノクロウサギ調査地においても移入種マングースの捕獲数が増加し, その糞や消化管にクロウサギの毛が発見されており, 希少哺乳類への捕食や影響が起きつつある(山田・阿部, 未発表).
 アマミトゲネズミTokudaia osimensis osimennsis は頭胴長10〜15cmの小動物で, 奄美大島と徳之島に生息し, また沖縄本島には別亜種のオキナワトゲネズミT. o. muennink が生息し, ともに固有種である. 徳之島産トゲネズミは大型化し, また染色体やDNA解析によって種レベルの分化の可能性が認められ, 分類の再検討が待たれる(金子・村上, 1996). トゲネズミの近縁属はセレベスやスマトラに生息する. わが国の両亜種ともに天然記念物に指定されている. 生息状況は, 奄美大島の中央部以西に集中し, また徳之島の中央部から北部の天城岳, 井之川岳周辺部にみられる(環境庁, 1995). ノイヌの糞から本種の毛が確認されている(中野・邑井, 1996). 個体数や生態などは不明である.
 ケナガネズミDiplothrix legata は頭胴長22〜33cm, 尾長24〜33cmの樹上生活者で, 奄美大島, 徳之島および沖縄本島に分布する固有種である. 近縁のLenothrix 属はスマトラ, ボルネオ, マレー半島に分布している. かつてケナガネズミはこの属やRattus 属の種とされたが, 現在では分類学的には1属1種として位置づけられている(金子・村上, 1996). 本種は天然記念物にされている. 生息状況は, 奄美大島では1960年代までは広範囲で認められたが, 1980年以降は島の中央部を中心に断片的で減少している. 徳之島では天城岳, 井之川岳および犬田布岳の3地域に情報が集中している(環境庁, 1995). ノイヌの糞から本種の毛が確認されている(中野・邑井, 1996). 本種は樹洞をもつ大径木の生育する原生的な森林を主な生息環境としている. これまで本種の研究はほとんど行われてこなかったが, 野外における繁殖行動などが明らかになりつつある(阿部ほか, 1995).
 国際自然保護連合(IUCN)の新基準を奄美の希少哺乳類に当てはめた日本哺乳類学会(1997)の絶滅危惧ランクによると,オリイジネズミ,アマミノクロウサギ,トゲネズミおよびケナガネズミ4種はいずれも"endangered"にあたる.また,ワタセジネズミと今回は紙面の都合上紹介できなかったリュウキュウイノシシSusscrofa riukiuanus は"lower risk"である.

 移入捕食者としての哺乳類
 奄美に現在生息する特異な哺乳類として, マングース(ジャワマングースHerpestes javanicus)がいる. 本種は, 体重400〜800gで, 沖縄本島や奄美大島でハブ対策やネズミ駆除のために意図的に放獣された. 本来の分布域はヒマラヤ西部から中国南部, マレー半島, 台湾, スマトラ, ジャワと広い. ハワイ諸島, 西インド諸島, 南アメリカ北東部などでも移入種として野生化している. 奄美大島のマングースは名瀬市において1979年ごろ放獣され, 1990年代に分布を拡大し, 照葉樹林にも進出した.
 奄美諸島の希少哺乳類が,奄美大島では島の中央部,徳之島では北部と中央部の森林の残された山地部に残存していることから,希少哺乳類の生息をおびやかす要因として,生息地の破壊が最も大きな原因と考えられる.しかし, 奄美諸島の希少哺乳類が遺存種として進化的に細々と生きながらえてきた状況から考えると,急激な環境変化への適応力はそれほど高くないと想像され, 旧来からのペットであるイヌやネコと近年持ち込まれたマングースは, 奄美大島の希少動物の脅威となっている. アマミノクロウサギ調査地においても移入種マングースの捕獲数が増加し,その糞や消化管にクロウサギの毛が発見されており,希少哺乳類への捕食や影響が起きつつある(山田・阿部,未発表).


 奄美大島の社会と自然保護
 希少生物の生息場所が人間活動によって大きな影響を受けてきたことは周知のことであるが, その保護のための科学的調査はもっぱら生物学の立場に立つものに限られてきた. しかし, 有効な対策を考えるにあたって, 社会科学的な立場も含めた総合的な解析が必要であることは明らかであろう. 本稿は, そのような立場に立って, 奄美大島の経済的状況, 林業の特徴, 森林伐採の希少鳥獣への影響, そして保護のための対策, という順に概説したものである.
まず, 全般的な経済状況としては, 近年特に基幹産業が不振にあえいでいる. 製造業の中で最も重要な大島紬は, 大衆の着物離れとより安価な韓国産との競争という状況の中で, 生産量が減少している. また, 農業の最重要産品であるさとうきびは, もともと国際競争力が弱いので政府の買い上げによって支えられてきたが, 買い上げ価格は据置きが続いている. 観光業についても島の経済規模に比して, 特に目立った伸びは見られない. 結局, これらの産業で島の経済を支えることはますます難しくなってきている. その代わり, 根幹となって島の経済と雇用の支えてきた, 奄美群島振興開発事業, 地方交付税, 国庫支出金等の, 国や県からの補助金による土木公共事業の比重は近年さらに高まっている. 特に, 奄美群島振興開発事業の伸びは著しく, 1989年度から1994年度の5年間で209億円, 37%増額されている. 奄美大島の人口は群島全体の55%を占めることから, 奄美大島における土木公共事業の重要性が近年ますます高まってきていることは確かである.
このような経済的状況を反映するかのように, 林業も補助金に依存する傾向が見られ, 補助金の大半は林道建設を始めとする土木事業に使われている(図4). 離島という立地条件から, 林道建設に対して国や自治体から10割の補助が受けられるので, 伐採と搬出に関わる林業の経済性とは無関係に雇用が創出できる仕組みになっているのである. しかも, 財源は非常に豊かである. こうした社会的背景のもとで行われている奄美大島の林業の大きな特徴は, 35〜40年という短伐期で生産されるパルプ・チップ材の比重が非常に高い(材積比で80%以上)ことである. 林業全体から見ても, 1994年時点でパルプ・チップ材は一次産品(加工しない段階での)生産額の54%を占めている(一般用材17%, しいたけ10%). この傾向は60年代後半以降, 特に顕著である(Sugimura 1988). しかし, パルプ材は生産額に対する搬出コストの比率が8割程度と高く, 一般用材(主として体育館等の床板に使われる)に比べて経済性が低い(杉村 1992). 林道建設に対する補助率が高いために経済的に成り立ってきたことは確かである. しかし, 近年はより安価な外材にさらに一層押されて生産量が激減し, 林業振興補助金額が林業一次産品生産額を上回るようになった(図5).
  奄美大島では, 奄美群島復興事業がスターとした1950年代に, 大規模な森林開発が始まった. その後できる限り大量の森林資源を供給するという使命を基本に開発が続けられたため, 全島にわたって森林のほとんどが現在二次林, それも若齢林が主体となっている. そして, 戦前に択伐された二次林と戦後に皆伐された若齢林を分けて見てみると, 鳥類と哺乳類の希少種(奄美を含む南西諸島およびその付近に固有の種)の生息場所として大きな違いがあることが明らかにされている(Sugimura 1988). つまり, 短伐期の皆伐による若齢林の拡大は, 希少鳥類の保全にとってマイナスであることが示唆されている(杉村 1991, 表2). また, 同様に奄美大島・徳之島・沖縄島あるいは奄美大島・徳之島に固有の, ケナガネズミとアマミノクロウサギについても, 森林の一様な若齢化は個体数の減少につながると推測されている(Sugimura 1988). 特に注目を浴びているアマミノクロウサギは, 最近全生息域にわたる分布と生息頻度の調査が行われたが, 1976年に初めて生息調査が行われたときに比べて, その生息数がかなり減少していることが懸念されている(杉村 1994).
  現在我が国で貴重な種や生物相(生態系)の保全のために取られている主な施策は, 狩猟採集の禁止と保護区の設定である. 奄美大島において, より重要であろうと考えられるのは生息場所の確保であるが, 貴重な生態系として保護されている森林は, 現在3カ所, 合わせてわずか389 ha(すべて国有林)にすぎない. しかも, うち1カ所は山頂付近の風衝林であり, 希少種の収容能力(carrying capacity)はあまり高くない. また, 別の保護区では, 細長い区域の中央を林道が分断するように通っている. 高齢級林への依存度が高く, 現在個体数が非常に少ないと推測されるオオトラツグミやケナガネズミの個体群を互いに隔離されたこれらの保護区のみで維持することはおそらく不可能に近いであろう. そこで, 希少鳥獣の保護のためには, 禁伐域を含む長伐期域の拡大が必要となるが, その実現性については非常に不確かな状態である(杉村 1992). その一つの理由は国有林の面積がわずか4,143 ha(林野面積の6%)にすぎないことであるが, 独立採算制をとる国有林がかなりの面積を保護区に割くことも事実上不可能である. また, これまで生息調査が行われた希少種のいくつかは, 長伐期施業を柱として経営してきた会社有林により多く生息していることが確認されているが, 会社有林を保護区に指定することもほとんど不可能であろう.
 以上のことは, 奄美大島の地域社会, 林業, 希少鳥獣保護の関係については, 経済基盤の弱さ, 公共事業による雇用の創出, 林道事業, 短伐期施業, 希少種生息数の減少というつながりがあること(図6), 希少鳥獣種を保護するためには, 従来の保護区の設定という手法では不十分であることを示唆している. こうした状況を改善するためには, (1)木材生産量よりも公益的機能をより重視した森林政策の展開, (2)土木事業中心の補助金体制から自然環境保全のための補助金をも組み込んだシステムへの転換(杉村 1992), (3)希少生物のモニタリングを随時行い, 重点的に保護すべき希少種を明らかにすること, (4)それらの種を保護するためのハビタット管理, などが必要であると考えられる.


 奄美大島の森林保全と社会基盤の変革
 奄美諸島に固有の鳥獣は, 奄美大島では人口密度の低い島の中央部から南西部の谷部を中心とした山地や急峻な海岸線の, 森林の残された区域に主に残存し, その生息密度が高い. 希少鳥獣の生息をおびやかす要因として, 本来の生息地である照葉樹天然林の面積の縮小・分断化および若齢化が最も大きい. 航空写真で検分すると, 林齢が高く樹冠の大きい林分はもこもことした荒い紋様を示す. そのような林の多くは林道や沢の周辺に幅わずか50メートル前後に細長く連なっているのが大部分で, 比較的まとまって残る金作原や住用川の中流域で, せいぜい200〜300ヘクタール程度しかない. 1994年夏時点の森林計画図にもとづくと, 50年生以上のある程度まとまった林分としては, 嘉徳の北にある600ha余りの70年生前後の林分が最大であった.
 また, ノイヌやノネコ, さらに近年島に持ち込まれたマングースの直接的な捕食の影響が, 特に懸念されている. もともと奄美諸島には哺乳類の捕食者がいなかったため, 固有の動物たちは人がその生息地に持ち込んだ捕食者に十分対抗する手だてを持ち合わせておらず, 移入種の存在は大きな脅威である. たとえば, ケナガネズミは, 多くの時間を樹上ですごすが, 地上に降りて林道を横切るところもときどき観察される. その歩き方は, 上下動と緩急の変化が大きい独特のステップだが, その動きがハブの捕食行動に対しては有効だという意見がある. ハブの胃内容からはほとんど発見されないというが, ぎこちない動きはノネコやマングースに対してはひとたまりもないことは, 容易に想像される.
 林内に網の目のようにのびる林道は, 道路工事や周辺の森林伐採といった直接的な影響のほかに, 生息地の照葉樹林を分断化し, 上記した外来の捕食性哺乳類やハシブトガラスなどの深刻な捕食者を森林内に導き入れる役割を果たしている. 人や車についても, 同様であり, 交通事故にあうアマミヤマシギやケナガネズミなどの個体が少なくない. 森林管理のためにある程度の林道建設が容認されるにしても, その規模や配置が適切であるかは, 環境保全とのかねあいのもとに十分に議論されるべきものである. 奄美大島においては, 既設林道(自動車道)の利用制限や廃止と環境回復なども, 検討されるべき課題であろう.
 奄美大島のような小さな島で, 人と野生生物がよい意味で共存するためには, 両者の立場を微調整できるような, 論拠が科学的にはっきりした基礎資料が不可欠である. 今後, 奄美諸島の希少生物, ひいては生態系の保全をはかるうえで, まず基礎となる保全生物学的な知見, つまり個々の種の分布と有効個体群サイズの変動を軸に, 個体群動態パラメータや遺伝学的・行動学的な知見を集積する作業をすすめる必要がある. 具体的な保護対策としては, 1.) 保護区の設定を含む生息地管理, 2.) マングース, ノイヌ, ノネコなど移入種捕食者, 場合によってはハシブトガラスも含めた駆除による低密度の維持, 3.) エコツアーなどのルールづくり, 4.) 林道の走行規制をふくむ交通事故対策などがあげられる. 生息環境の保全にあたっては, 源流部の森林から海岸のマングローブ林や珊瑚礁までの流域的視点にたった保護区の配置と連続的な環境の回復が求められ, 長伐期化・皆伐面積の縮小・老熟大径木の保残・適正な規模と配置の林道など森林施業の見直しが含まれる.
  また, 社会科学的にも, 長期的な視野にたって社会経済学的な複数のモデルにもとづいて, 経済・社会・文化的な動向の予測のもとに, 安定した社会の維持を計画的にたてる必要がある. その背景として, 本質的に赤字の木材生産よりも公益的機能をより重視した森林政策の展開, および土木事業中心の補助金体制から脱却して, 奄美大島の身の丈にあった社会システムへの転換が必要である. これには, なによりも奄美大島住民の理解と協力が重要である.
 奄美大島住民の島の自然に対する意識については, 島崎ら(1985)の予備的な調査があり, アマミノクロウサギについて, 島民には「誇り意識型」「有難めいわく型」「無関心型」の3つの意識があり, 無関心型の人が多いと数字なしで記されている。私たちの印象でも, 同様である。島の政治や経済を動かしている立場の人ほど, 開発指向の考え方を持っているとも言えるだろう。
 また, 島民には立て前と本音があり, 多くの住民が開発型の職業に従事している現状では, 狭い社会の中で周囲に気兼ねしているであろう多くの住民から本音を聞きだすことは難しい。
 このように, 市民の意識に関する具体的な資料は残念ながらないものの, この10年余りの間に, 一般市民の中でも自然環境に関心を持つ人々の割合がかなり増えているのは間違いないであろう。奄美大島では, 奄美の自然を考える会, 奄美哺乳類研究会, 奄美野鳥の会などが組織されて, 調査研究や自然教育・啓蒙活動などの日常的な活動を活発に行っている。
 今後, 賢明で持続的な自然資源の利用によって, 世界的に貴重な財産でもある奄美諸島の自然を守れる, 社会経済的な仕組みの変換に対する島の中と外を合わせた合意形成をさらに進めていくことが不可欠である.

 引用文献
阿部慎太郎・高槻義隆・半田ゆかり・和秀雄 1991 哺乳類科学31: 23-36.
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石田健, 東京都文京区弥生, 東京大学農学部
杉村乾, 茨城県稲敷郡茎崎町松の里, 農林水産省森林総合研究所経営部
山田文雄, 茨城県稲敷郡茎崎町松の里, 農林水産省森林総合研究所保護部

註1)石田・樋口(1990a)等は, オオトラツグミを独立種と考え, Sibley・Monroe(1991)も独立種として記述している。ただし, 日本鳥学会(1975)はトラツグミの1亜種と記載しており, アジアに広く分布するトラツグミの多様な個体群の系統関係を調べた研究がないので、不確定である.

図1. オオトラツグミ(major)・トラツグミ(aurea)・コトラツグミ (horsfieldi)の翼長とふ蹠長  による大きさの比較. 山階鳥類研究所所蔵標本の測定値による(石田・樋口 1990より)
図2. アマミヤマシギの地域・環境別の林道上での観察密度, * は, 調査時にマングースの分布していた地域を示す. (石田・高 投稿中より).
図3 アマミノクロウサギの分布の変遷(環境庁, 1995). それぞれの線の内部が生息確認地域, 1970年代は主に聞き取り調査, 1995年は主に糞調査による.
図4. 1994年度林業振興事業(21億97百万円)の内訳
図5. 林業一次産品生産学と林業振興補助金額の推移
図6. 奄美大島の地域社会, 林業, 希少鳥獣の関係
表1. 奄美諸島産の哺乳類の近隣島嶼における分布と絶滅危惧種カテゴリー
表2. 遷移段階ごとの調査1回ごとの希少鳥類観察数(平均値)(杉村 1991 より)