ルリカケスは今 − 解明がまたれる興味深い生態 −
(『私たちの自然』No.404, 1995年7月号掲載)

奄美大島のみに生息する魅力的な鳥
ルリカケスGarrulus lidthiは、奄美大島とそれに近接した島のみに生息する固有種(特産種)で、1921 年に国の天然記念物※に指定され、「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関す る法律」では「危急種」に指定されています。
瑠璃色を基調にした美しい外見や利口そうな目をしており、たいへん魅力的な鳥です。 比較的生息密度は低いものの、細い木やリュウキュウマツの混じった二次林にもおり、人 家にも営巣するなど、たくましさも持っています。ただし、人家の周辺には捕食者も多く 、巣や巣立ち後のヒナがうまく育っているとはかぎりません。
分布が非常に狭い地域に限られていることなどから、現在はきわめてわずかしか残って いない、本来の生息地であり、主な営巣場所の樹洞のある大木が繁った照葉樹天然林の回 復をはかり、数が増えるように見守りつづける必要があるでしょう。
ルリカケスは、1850年にボナパルトによって記載されていましたが、専門家には産地が 日本という以外不明で(山階 1941)、オーストンの依頼を受けた長聖道・長田霊瑞によ って 1904年の8月と9月に採集されたことにより、いわば再発見されたという経緯もあ ります(Ogawa 1905)。

輝きのある瑠璃色の羽毛
ルリカケスは、頭から胸にかけてと翼や尾が瑠璃色で腹や背中が栗色の、全長約38cmの 美しい鳥です。
もう少し詳しく説明すると、頭から胸の上部やえりにかけてが金属光沢のある濃い瑠璃 色で、背中から腰(上尾筒)と胸からお尻(下尾筒)は濃い栗色です。くちばしの元のや おでこ、のどはほとんど黒くて、のどの羽毛の先が白いので、たて縞になって見えます。 警戒したり興奮したりした場合には、頭やのどの羽毛を逆立てるため、瑠璃色とのどの白 縞が強調されて見えます。
ルリカケスのくちばしは、象牙色で先ほど白味が強く、上くちばしの先端は下にとがり 左右の縁は薄く鋭くなっています。捕獲したときに指を挟まれたところ、たいへん痛く、 かなり堅いものも切り採って食べているだろうと想像されました。
雌雄はほぼ同じ色ですが、雄の方が、背中と胸の瑠璃色の部分がより広く、光沢も強い ようです。のどの白い縞もよりはっきり見えます。翼や尾、脚やくちばしの長さなどを標 本で測定して比べたところでは、雄の方が少し大きいものの、ほとんど同じ大きさでした (石田・樋口 1990)。外見では、雌雄の差はほとんどないといえます。

近縁種は遠くヒマラヤに?
ルリカケスにもっとも近縁な種は、遠くにいます。頭の色が濃い、尾羽根や風切羽根に 黒い縞模様があり先端が白い、腰(上尾筒)が白くないといった羽毛の色彩の特徴やくち ばしが淡色であることなどから、ルリカケスはインドカケス(Garrulus lanceolatus)に もっとも似ているといわれています(山階 1941)。
インドカケスは、ヒマラヤ山地の標高 1,500mから3,000mのカシ類の混交林や針葉樹林 に生息しています(Ali Ripley 1971)。ですから、両種は、昔アジア大陸に広く分布し ていた共通の祖先から、分かれて離れた場所に生き残った「遺存固有種」だと推定されま す(Higuchi ほか 1995)。オナガがユーラシア大陸の両端にいる(清棲 1952)のとも 似ており、奄美大島の生物相のなりたちを考える上で、興味深い点の一つです。

群れ生活をし、ヘルパーもいる
ルリカケスは、1〜2羽で行動していることも多いのですが、3羽以上の群れでもよく 飛び回っています。森の中で明け方に1羽が声をあげると、それに応えるように周囲で数 羽が声をたて始め、しばらく鳴き交わして集まるのが聞かれます。これは、繁殖期にも同 様です。夜は、1羽ずつばらばらに、大きな木の樹冠の中で寝るようです。
ルリカケスは、カケスのようなしわがれ声をよくだします。これは、ハシブトガラスや 巣の近くに来たサシバにモビング(騒ぎたてて追い払おうとする行動, 写真1)するとき 、人が近づいたときなどに出しますので、警戒声なのでしょう。それ以外にも、文字では うまく表現できないものの、いくつか独特の声を出します。声の機能はよくわかっていま せんが、互いの位置を確認する場合や気分を表す場合もあるようです。屋久島の照葉樹林 にいるサルも、似たような声を出すそうで(藤田剛 私信)、声の発達と生息環境や一緒 に生息する動物との関係などに興味が持たれます。
ルリカケスは、雌雄1羽ずつのつがいだけで営巣する例もありますが、両親以外の若鳥 などが巣のヒナの給餌を手伝うヘルパーの確認例もあります(常田守 私信)。ヘルパー は直接確認できなかったものの、巣の周辺に3羽以上の成鳥がいた例は、筆者も観察しま した。ヘルパーは、少なくとも例外的な存在ではないと推測されます。
声による意志疎通(コミュニケーション)が割合発達している様子であることや、群れ で生活してヘルパーもいることなどから、ルリカケスは社会性の発達した鳥であると推測 されます。そのようなカラスの仲間には、日本ではほかにオナガがいますが、オナガは農 地の中の屋敷林のような環境に比較的多くみられ(細野 1989)、両種の生息環境がかな り異なっています。異なる環境で同じような社会性が発達しているらしいこと、あるいは 環境によって社会性のしくみが多少異なっているかもしれないことなどをきちんと確認し 、ルリカケスの生態を解き明かすことは、生物の進化を考える上で、上記したような分布 の問題と同時に興味深い研究課題です。

人家に巣をかける
巣作りはだいたいが1月に始まり、途中で休んだりしながら、2〜3月に産卵するよう です。卵は無斑の空色で、巣あたりの(一腹)卵数は3〜5個です。抱卵期間は20日前 後、孵化から巣立ちまでの期間はおよそ25日です(石田ら 1990)。ヒナが巣立つのは 、3月中旬から4月にかけてということになります。ヒナは巣立たなかったものの、4月 下旬に同じ巣で2回目の産卵をし5月になってから孵化した例も知られています。
ルリカケスの営巣場所は、本来は樹洞が多かったようです(山階 1941)が、崖の岩だ なにもつくることが知られています(常田,高美喜男 私信)。樹洞には、朽ちたオース トンオオアカゲラの巣穴(常田 私信)や根元の洞(植田ら 1995, 写真2)などがありま す。そして、なんと人家の中や軒下の「巣箱」などでの営巣例が多く知られています(写 真3)。
人家に巣を造るようになったのがいつごろからなのかは不明ですが、連続して8年とか 世代交代もしながらそれ以上も、同じ場所で営巣し続けている例も知られています(石田 ら 1990)。

島内には広く分布するが・・・
ルリカケスは森林のあるところなら、照葉樹林やマツの混じった二次林など植生を問わ ず、比較的広く見られます。森林の少ない笠利半島では姿はまれですが、最近は多少観察 例が増えているようです(常田, 高 私信)。一定のゆっくりした速度で歩きながら鳥を 記録する調査(ラインセンサス)を行ってみたところ、個体数の多さでは1位から10位に 入り、平均的には多く記録される種の1つでしたが、観察されないこともありました(石 田ら 1990)。これは、声をよくだし目立つためでしょう。時によって多かったり少なか ったりするのは、行動圏が広く、2〜3kmを1時間余り歩いたていどでは、調査中に会え るかどうかが偶然に左右されるためです。
行動圏の広さや環境利用様式などは、詳しくわかっていません。巣材らしい枝を持った 1羽を含む3羽の群れが1km以上の距離を飛ぶのを確認しており、数100mを飛ぶことはふ つうです。1k?以上の広い(群れの)行動圏を持っているものと、推測されます。これ は、オナガの群れと同様の広さです(細野 1989)。長時間の定点調査で滞在時間や出現 頻度などを比較すると、照葉樹の天然林でより多く暮らしていることも明らかになってい ます(Sugimura 1987, 植田ら 1995)。
多くの場合樹上で観察されますが、地上に降りるところもみられ、奄美大島では樹上に はほとんどいないという(服部正策 私信)毒蛇のハブの胃内容から多く出ていること( 南竹一郎 私信)から、採食活動などを地上でもふつうに行っていると思われます。
11月下旬に頬を一杯に膨らませて飛んでいる個体を見たこともあり、ドングリなどを貯 食する習性もありそうです。ドングリが重要な食物になっているのかなど、食性と生態と の関係にも興味が持たれます。

奄美大島の植生
ここで、私が紹介する5種の鳥にとって重要な生息環境である、森林の特徴を紹介しま しょう。「奄美群島の概況」(大島支庁 1993)によると、奄美大島は、面積が約709k? 、加計呂麻島等の近接の島を含めた行政界の面積としては約820k?あります。複雑に入り 組んだ海岸線の長さは、約 405.6kmで、一部には美しい珊瑚礁も発達しています。標高 6 94.4mの湯湾岳がもっとも高く、多くの場所で山麓斜面が海岸線までせまって険しい地形 をなしています。北東端の笠利半島は約800mの細い地峡で陸続きになってはいるものの、 南西部分から比較的隔離されており、地形も他に比べて平坦で畑地などに開発されていま す。
奄美大島の、若い造林地も含む林野面積は、全体の約85%、天然性の照葉樹林が52%余 りとなっています。寺師(1984)は、奄美大島の照葉樹林林を次の4つに分類しています 。
A型;谷底緩斜面や斜面下部凹部の適潤性土壌地にみられる落葉広葉樹が混入する樹高 14〜19mの高木林で、高木層の優占種にフカノキ,エゴノキ,バクチノキ,シマサルスベ リ,ホルトノキ,ヤンバルアワブキがある。B型;斜面下部から上部まで広い範囲の弱乾 性土壌地にみられる樹高10〜15mの林で、高木層の優占種はスダジイとイジュである。C 型;海岸に面した斜面や尾根の弱乾性から乾性土壌地にみられる樹高5〜6mの低木林で 、スダジイとシャリンバイが優占する。D型;雲霧帯となる標高 500〜 600mの山頂付近 の鞍部や緩斜面の空中湿度の高い場所にみられる樹高7〜8mの低木林で、シキミ,クロ バイ,タイミンタチバナ,ミヤマシロバイ,イジュなどが比較的優占する。
残りの森林は、リュウキュウマツの多く混じる混交二次林、リュウキュウマツ,シャリ ンバイ,スギの植林地、伐採跡地、竹林、裸地などです。わずかながら、ソテツの群落も みられます。
照葉樹林は、ほとんどの地域に人の手が入っていて、原生林的な状態を保つ胸高直径1 m前後の大径木が多く残っている森林は、名瀬市近郊・金作原の一部、島の中央を走るス ーパー林道沿いの神屋国有林、南西端の油井岳北側斜面などに分散して、おそらく 1,000 〜 1,500ha(5%未満)が残っているだけで、今も伐採が続いています。南および西側地 域の10数カ所の谷ぞいなどにも小面積の良好な照葉樹天然林が散在して残っています。

保護と研究課題
上記したような森林のうち、ルリカケスが生息可能な森林の面積は多めに見積もっても 600k?たらずで、行動圏の広さから考えて、生息している群れの数は500よりかなり少な いと推定されます。残念ながら、全生息数や個体群動態を推定できるような研究は、まだ 行われていません。
人家に営巣するなどたくましい面もみられ、すぐに絶滅が心配されるような状況にはあ りませんが、人家周辺ではネコやカラスなどの捕食者も多く、地上で採食しているとする と、アマミヤマシギのときに述べたように、分布域内ではマングースにも捕食されている 可能性があります。二次林の中の林道の法面(崖)の低い場所で見つかった4つの巣が、 すべて何者かに捕食されてしまった例(高 私信)もあり、繁殖は必ずしもうまくいって いないようです。
今後、この島だけに棲むルリカケスの動向を見守っていくためには、もう少ししっかり と、特に自然環境下で、繁殖習性や行動圏の大きさなどを把握し、個体数の変動を評価し ていく必要があります。幸い、割合に人を恐れず、工夫しだいで、巣箱を利用させたり捕 獲して標識したり、発信機を装着して行動域を追跡したりすることは可能だと期待されま す。学問的にも興味深いこの鳥を、どなたか深く研究される方が現れることを、私は期待 しています。

※原文では「特別天然記念物」と誤って記述してしまいましたが、ご指摘をうけ、ここでは訂正しました。

写真1 巣の近くに来たサシバに近づきモビングするルリカケスの親鳥(瀬戸内町清水)
写真2 根元の洞に抱卵中の巣があった木
写真3 軒下の巣箱から、ヒナに給餌して飛び出す親鳥(名瀬市小宿)
写真4 神屋の照葉樹原生林。海風の当たらない位置の沢沿いは、湿度が高く木の成長が よいので高木の森林が発達する