オオトラツグミは今 -美しいさえずりを永遠に-
(『私たちの自然』No.406, 1995年9月号掲載)
【2012年秋、一部改訂】
◎オオトラツグミは独立種?
オオトラツグミは、奄美大島と加計呂麻島*にのみ生息し(石田ほか 1990)、今のとこ ろふつうのトラツグミ Zoothera
dauma の1亜種 Z. d. amami に分類 されています。尾羽がすべての個体で12枚であること、さえずりがまったく異なることお
よび大型であることによってトラツグミ Z. d. aurea (以下、トラツグミとだけ書きま す)と区別されており、個体数がきわめて少なく分布もきわめて限られていることから、
1971年に国の天然記念物に指定され、絶滅のおそれのある野生動植物種の保存に関する法 律の絶滅危惧種に指定されています。
外見はトラツグミとそっくりなトラ斑模様の羽色で、トラツグミが奄美大 島で越冬している時期には野外識別はできませんが、標本で測ってみると、尾長だけは差
がないものの、嘴峰長・嘴高(くちばしの太さ)やふ蹠長・翼長といった形態では、はっ きりと大きいことがわかりました(形態図1, 形態図2)。採食生態と関連の強いくちばしや脚の長さが異なって
いることは、生態的にも差異があることを示している思われます。
また、台湾にいる亜種コトラツグミ(Z. d. horsfieldi)は、本州産などのトラ ツグミと比べて小さく、地理的には隣に生息しているものどうしが、別起源の分布をして
いることを示唆しています。このパターンは、私が次に紹介する予定のオーストンオオア カゲラの場合と似ています。
オオトラツグミは、ちょっとアカハラに似た「キョロン」というような節で、音色はク
ロツグミに似た澄んだ響きを持った声でさえずります。これは、「チン」とか「ヒ~ン」 「ホ~」とか聞こえるトラツグミの単調なさえずりとはまったく異なり(図1)、両種が 自然状態では交雑せず「生殖隔離」を成立させていることが強く示唆され、オオトラツグ
ミをトラツグミとは独立した種とすべき根拠となります(石田・樋口 1990)。奄美大島 には北からふつうのトラツグミが渡ってきて越冬しますので、単に交雑する機会がないと
いうわけでもありません。
トラツグミの基亜種(最初に種として記載された)とされているヒマラヤ地方の個体群 は、Ali と Ripley (1987)によると「チルップ・・・チュウイイ・・・チェウ・・・ウィ
オウ・・・ウィイプ・・・チャロル・・・チュプ・・・チイウィイ・・・ウィォプ#とい うような複雑なさえずりをするそうです。東南アジアの個体群も、複雑な声でさえずるら
しく、これらの地方の「トラツグミ」とオオトラツグミとの類縁関係に興味が持たれます 。
◎幻の鳥?
なにしろ奄美大島にしかいませんし、数は少なく、さえずるとき以外は森の奥深くひっ そりと暮らしていますので、オオトラツグミは幻の鳥と言えるかもしれません。最近は、
分布や個体数の推定のための調査(石田・植田 1995)なども行われ、熱心な観察者によ って夜に木の枝で休んでいるところや地上で採食しているところも観察され
ていますが、まだ巣は見つかっていません。したがって、営巣場所、産卵数などの繁殖習 性はほとんど不明です。
オオトラツグミは、繁殖期、特に早い時期の2月末~3月には、日の出前の30分ほど の間にいっせいにさえずります。この時期には、それ以外の時間帯にさえずる場合はわず
かです。また、オオトラツグミのさえずりは、照葉樹林の中でとてもよく通ります。観察 者との間に尾根などの障害がなく雨風が強くさえなければ、1km以上離れた場所でもは
っきりと聞こえます。
3月に、名瀬市近郊に残る原生林の金作原の中で、昼間に運良く観察できたオオトラツ グミは、2羽でつれだって地面をゆっくり歩きながら、落ち葉を掻き起こして採食してい
ました。その観察場所でも、明け方や夕方に1羽がさえずっていましたので、少なくとも 繁殖期には、つがいでなわばりを持っていることは確かでしょう。また、ツグミの仲間の
通例から推測すると、おそらく雄がなわばり維持(や雌を呼ぶこと)のためにさえずって いると思われます。
◎一部の照葉樹天然林にだけ生息
オオトラツグミの存在を確かめるのに姿を見つけることはとても難しいことや、さえず りは遠くからも聞こえて、間違える心配がないことから、さえずりの聞かれた場所を確認
することによって、分布や数を調べました。
オオトラツグミは奄美大島の森林の中でも、ごく限られた区域にしか生息していません (図2)。わりあいにまとまった数、10羽以上が連続してさえずっているのは、名瀬市
近郊の里林道終点から、金作原までと西へのびるスーパー林道沿い、および住用川源流部 の神屋国有林周辺です。
生息が確認されている森林に共通する特徴は、樹冠がよく閉鎖し、風が余り当たらず、 林床の湿度が高いといった照葉樹の天然林です。そのような森林の多くは、谷あいの壮齢
林です。照葉樹の壮齢林で林冠が閉鎖していても、頂の西側とか海岸沿いの斜面などのよ うに、風がよく当たり林床が比較的乾いていると予想される区域では、オオトラツグミの
さえずりは確認されていません。
こうした環境の特徴は、オオトラツグミが地上で落ち葉を掻き起こしながら採食するこ と、体がかなり大きくたくさんの地表性小型動物(ミミズ、昆虫など?)を食べているだ
ろうことなどから、納得のいくものです。暖かい亜熱帯の森林では落ち葉はすぐに分解し てしまいますので、落ち葉がたまりやすい場所というのは限られています。急斜面ばかり
の場所も、オオトラツグミが歩きづらく落ち葉が流れやすいので不向きなのでしょう。
◎生息数はごくわずか
私たちは、環境庁特殊鳥類調査や環境庁稀少野生動植物種等生息状況調査として、地元 の野鳥研究者の協力も得て、今までに3春、奄美大島(本島)でオオトラツグミの個体数
推定のための調査を行いました。上記したように春先の夜明け前には、多分、さえずるよ うな個体は全部さえずっていると期待されました。ほかに、紛らわしい声で鳴く動物はい
ません。そこで、このさえずりを利用して、ルートセンサス法と定点観察法を中心に、任 意観察の結果も加えて、個体数を確かめてみました。
私たちのルートセンサス法は、オオトラツグミが生息していると考えられる地域を中心 にして、林道上を、数人が約17[R0DYの間を開けて同時に同じ方向へ約30分かけて2km歩
き、さえずりの位置と時間を記録するという方法です。定点調査の方が、個体別のさえず りを確実に確認しやすいのですが、少ない観察地点から広い範囲を記録できるようなよい
場所は少なく、調査時間が限られていることから、次善の方法として工夫した調査法です 。
さえずり時間には多少のずれがありますので、記録し落とすことのないように、となり どうしで1kmの区間を重複して調査することにしました。ルートセンサスや定点観察を終
えた直後に、調査参加者全員で集まって、記録した時間や位置をもとに検討し、重複して 記録した可能性の高い記録を合わせて、なるべく実数に近い個体数を推定できるように努
めました。
その結果、1989年3月には32羽、1994年3月には54羽、1995年3月には32羽のさえずっ ている個体を確認しました(表1)。最初の調査では、調べ落とした地域がかなりあり、
昨年の調査でも、少し落とした地域がありました。今年の調査では、地上と空からの森林 の観察でオオトラツグミが生息していそうだと思われた地域も補足調査することができ、
宇検村の部連の南東方向や林道赤房線北部および瀬戸内町の節子の上流であらたにさえず り個体を確認できました。
今年は、調査実施上の手落ちで数え落とした区域がありましたが、その分の数を補正し ても、昨年さえずっていて今年さえずっていなかった区域があり、去年より今年は少なか
ったようです。
わずかに未確認地域が残り、加計呂麻島にも、数羽ていどはオオトラツグミがさえずっ ている可能性があります。とはいえ、この地球上でさえずっているオオトラツグミが50羽
を大きくこえない数であることは、まちがいないでしょう。
◎ むずかしい研究
オオトラツグミを保護するためには、その生態をなるべく詳しく知る必要があります。 しかし、個体数がきわめて少なく、さえずり以外に観察できる機会がほとんどないことか
ら、オオトラツグミの生態を詳しく調べることは、今の所たいへん難しいと言わざるをえ ません。
調査者がきちんとした技術と知識を身につけていて適切な方法をとりさえすれば、安全 な調査法であり、詳しい資料を得ることのできる可能性の高い方法(石田
1992)として 、霞網で捕獲し足環をつけて個体識別する試みは行ってきました。しかし、かなり努力し たにもかかわらず、今のところまだ捕獲することはできていません。
個体数がきわめて少ないことから、休んでいる個体を手網で捕獲したり、箱罠を長時間 かけるなどの無理な捕獲方法や、体が大きく余り飛ばないとは言っても、発信機を装着す
るような鳥体へ多少とも無理な負担を強いる行動追跡のための調査方法を採用することは 危険に思えます。残念ながら、今のところよい知恵が浮かびません。もしも、怪我をした
個体などが保護されたならば、大型の飼育室などで行動を観察するのがよいかもしれませ ん。
上記したように、さえずりによる生息個体数と分布の推定法は、よく通る独特の声で一 斉にさえずるオオトラツグミの場合には、かなりしっかりとした基礎資料になります。さ
えずり個体が雄だと本当には確認されていませんし、さえずり個体が実際にどのていどつ がいを形成して、営巣もうまくやっているのかは不明です。とはいえ、さえずり個体の数
と場所の変動を毎年きちんと調べておけば、オオトラツグミの分布と相対的な生息数の変 動に関する生息状況は確実に把握できます。
幸い、高美喜男さんを中心にした奄美野鳥の会のメンバーが、調査にも関心をもって積 極的に活動を始めています。きちんとした調査の位置づけをして、毎春、さえずり調査が
継続されれば、保護対策の指針として役立つと期待されます。
◎ 絶滅の危険は高い
オオトラツグミの生息数は、運の悪いことが起こればすぐにでも絶滅してしまう可能性 の高い数です。野生生物の数は、気象や食物条件、世代交代のタイミングなどの要因から
、大なり小なり増えたり減ったりしているものです。さえずりセンサスの結果、1995年に 確認できた数が少なかったのも、そのような変動の内であることを祈りたいものです。
もし、そうした変動の中で、たまたま繁殖個体数が少なかった年に、特別に大きな台風 が来るというような不運な出来事が重なれば、多くの個体が死んで、オオトラツグミが個
体群を維持できなくなるというのが、心配される、絶滅への筋書きです。病気もあるかも しれません。
オオトラツグミは、もし独立種としてあつかうなら、トキが日本から絶滅してしまった 今、鳥では日本でいちばん絶滅に近い種です。オオトラツグミが万一奄美大島から姿を消
すことになれば、その朗らかな美しいさえずりは二度とこの地球上で聞くことができなく なります。今のままでは、悲しいことに、私にはその可能性が少なくないように見えます
。
◎ 生息地の完全な保護と森林の育成を
オオトラツグミの生息地は極めて限られていることから、今現在さえずっている場所を 、伐採や開発はいっさい行わない完全な保護区にすることが望まれます。ただし、実際に
残されている地域は、多くの場所がすでに保護区ないしはそれに近い扱いになっています 。そういうところにしか残っていないとも言えます。
保護区になっていない区域でオオトラツグミがいる場所は、なおさら限られており、逆 に保護区にすることもそれほど困難ではないはずです。ぜひ実現していただきたいところ
です。
しかし、現状維持では、いつ絶滅してもおかしくないというのがオオトラツグミのおか れている状況でしょう。オオトラツグミの生息地を、今よりも増やす努力が望まれます。
島の東側の湾の奧にある住用村の役勝や西仲間地区では、昔は集落のすぐ近くでもさえ ずっていたという話を、民宿のおばさんから聞きました。風当たりの少ない地形に位置す
る照葉樹林をなるべく保存し、尾根から沢までにわたるような大面積皆伐はやめて、択伐 やごく小面積の皆伐に改めるといった森林管理法の改善策によって、森林を利用しながら
も壮齢林を増やすことは可能だと期待されます。
保護区域をより拡大すると同時に、保護区の周辺に、上記したような森林利用法につい てのより厳しい規制を設ける緩衝地帯を配置して、より広い面積の森林を保全することも
、たとえそこで繁殖をしなくとも、なわばりを離れて独立する若鳥の生存率をあげるとい った意味で、有効だと思われます。
S
# 日本産鳥類目録第5版(1974)では属名にTurdusをもちいているが、欧米の多くの研究者 は現在 Zoothera
を使っているので、本報でもそちらを用いた。
# 引用文献表は、奄美大島の他の2種の紹介の最終回にまとめて載せます。
図1.オオトラツグミとトラツグミのさえずりのサウンドスペクトログラム.トラツグミ
のさえずりの高さは2kHzや6kHz付近のものもあり、しばしば高さの異なる声で鳴き交わ す。
図2.オオトラツグミの分布。今までにさえずりが確認されている位置を、1km四方の区
画単位で示したもの。いつもいる場所と、いないときもある場所とがある。奄美大島にお ける原生的な照葉樹壮齢林の中で、海岸部の急傾斜地の風衝低木林などを除いた、林床湿
度の高いと思われる谷部や東側斜面の森林がある場所に生息しているようである。
図3.オオトラツグミの生息する金作原の森林の中の様子。
表1.ルートセンサス、定点観察および任意観察によるオオトラツグミの
さえずり個体数(調査は3月中~下旬に行った)
年 | 確認個体数 | 推定確認範囲(ha) | センサス外確認個体数 | 合計 |
---|---|---|---|---|
1990 | 31 | 1,050 | 1 | 32 |
1994 | 47 | 1,910 | 7 | 54 |
1995 | 29 | 1,970 | 3 | 32 |
♪♪オオトラツグミのさえずり(声1)♭♯
♪♪オオトラツグミのさえずり(声2)♭♯
♪♪オオトラツグミのさえずり(声3)♭♯
♪♪オオトラツグミのさえずり(声4)♭♯
註:* , 石田自身でうかがった信頼できる伝聞として、冬に防鳥網に尾羽が12枚の「トラツグミ」がかかっていたことが、引用の報告書に記してある。しかし、「生息」の記述が誤解を広め、日本鳥学会の日本産鳥類目録第7版(2012)では、第6版の正しい記述を、誤った記述に変えてあったため、またほかのいろいろ場でも誤解が残っているため、ここの記述も削除します。最初に安易な記述方法をとり、お詫びします。(2012年秋、石田・記)
ついでに、2012年6月の、近縁個体群と考えられる録音がコーネル大のアーカイブに掲載されました。 LINK ! >> ヒマラヤのトラツグミのさえずり