オーストンオオアカゲラは今 − 黒くて大きな南の島のキツツキはカミキリムシが好
き
(『私たちの自然』No.408, 1995年11月号掲載)
◎一見してわかる変わり種の亜種
オーストンオオアカゲラ Dendrocopos leucotos owstoni は、奄美大島のみに生息する
オオアカゲラの1亜種で、羽毛が著しく暗色であることによって、他の亜種とはっきりと
区別されます。1971年に国指定の天然記念物、1993年の絶滅のおそれのある野生動植物種
の保存に関する法律では絶滅危惧種に指定されています。
黒い背中に白斑、白い胸と赤い腹にかけて黒い縦斑がある中型のキツツキという、大ま
かな羽色や形はかろうじてオオアカゲラの印象を保っていますが、背中の白斑はほとんど
目立たず、お腹の黒斑は太くてベタベタとつながっており、ちょっと見た目は、白と黒の
というよりは、黒っぽいキツツキという印象です。
オオアカゲラの亜種区分は研究者によって違いますが、図1に10亜種に分けている例を
紹介します。極東での孤立個体群や亜種分化の多さが目を引きます。ただし、日本国内で
九州以北の亜種が3つに分けられているのは、資料不足や森林が減って分布が途切れてい
るためかもしれません。標本を調べたところでは、大きさや羽色などに大差はなく、連続
的に変化している可能性も高く、亜種にする意味があるか疑わしいところです。
山階鳥類研究所・小林桂助氏・森林総合研究所・スウェーデン自然史博物館などが所蔵
する、日本産4亜種と台湾および朝鮮半島産の標本を調べ、Crampら(1985)の文献資料を
参照した結果、オーストンオオアカゲラは羽毛の黒い部分が多いほかに、翼長や尾長など
がほかの亜種よりも大きいことがわかりました(石田・樋口 1989)。
◎祖先の系統的特徴を残す形態か
隣の台湾の個体群などと形態を比較することによっても、奄美大島の固有種の特徴が浮
き彫りにされます。台湾産が最小で奄美大島産が最大という点で、オーストンオオアカゲ
ラはオオトラツグミと共通の傾向を持っています。
オーストンオオアカゲラがもっとも暗色であることは、南の暖かい地方の個体群ほど暗
い色をしているというグロージャーの法則に合います。一番南の台湾の個体群(D.
l. ins ularis)がオーストンオオアカゲラより白っぽいことは、台湾の標本のほとんどが標高1,5
00m以上の涼しい場所で採集されたものだったことで、説明できるでしょう。
翼と尾やくちばしなど各部位との相対的な大きさを基準にすると、長い尾や細長いくち
ばしをしていることから、オーストンオオアカゲラはほかの個体群よりも柔らかい木をつ
ついているらしいと推測されました。これは、オーストンオオアカゲラが暖い奄美大島の
枯木や枯枝が腐りやすい森林に生息することと合致します。
オーストンオオアカゲラの体が大きいことは、寒い地方の個体群ほど体が大きくなると
いうベルグマンの法則に反します。台湾の亜種がもっとも小さいのは、大陸との地域差に
合いますし、はっきりした差ではないものの日本列島の南北ではこの法則にしたがってい
るようでした。オーストンオオアカゲラだけ、例外的だと言えます。
体の大きさは気象条件以外の生態的特質にももとづいて規定されています。キツツキ類
は、木に穴を掘って塒や巣にし、木の表面に密着して生活しているので、相対的に気温の
影響を受けにくいことも、その理由の1つかもしれません。
オオトラツグミやルリカケスの場合と対照すると、奄美大島の個体群の起源、あるいは
系統関係といった歴史も深く関わっているはずだ気づかされます。オーストンオオアカゲ
ラの形態も、現在の気象と生態的な条件の影響を直接受けているというより、100万年
ほど昔に奄美諸島が孤立する前の地理的な位置に合った形質に、その後の小さな進化が加
わった産物なのでしょう。
◎小さい分布域
オーストンオオアカゲラの分布域は、奄美大島の希少鳥類のなかでも一番小さく、笠利
半島や加計呂麻島には生息していません。割合といろいろな森林に姿を見せ、大木の多い
照葉樹天然林のほかに、海岸沿いなどに多い風衝低木の照葉樹林にも生息し、照葉樹やリ
ュウキュウマツのかなり細い木が多い二次林でも採食しているのが観察されました(石田
ほか 1989)。
定点観察によると、主に活動しているのは高齢の照葉樹天然林で(Sugimura 1988,
石 田・植田 1995)、若齢の二次林などの環境選好性は低くなっています。また、利用する
環境には季節変化があり、6月には林縁部をよく利用するのが見られましたが、12月には
林内だけで活動していました(石田ほか 1989)。
もっとも近い場所では奄美大島と約1kmしか離れていず、イノシシなどが泳いで渡るこ
とも知られている加計呂麻島にオーストンオオアカゲラが分布していないのは不思議です
。生息できそうな照葉樹天然林も、少ないながら残っていますが、定着していたという記
録は得られませんでした。定着するには、塒穴の掘れるような枯死部分のある大径木が多
くあるなど、見た目以上に厳しい環境選好性があるのかもしれません。
照葉樹林からスギ林まで大木も多く、ずっと標高が高くて広い屋久島には、オオアカゲ
ラは生息していないようです。他種との競争も関係あるかもしれませんが、太い枯木をた
くさん必要とするオオアカゲラ自体が、分布拡大にはかなり保守的な性質を持っているの
かもしれません。
◎主食は木の中にいる昆虫
オーストンオオアカゲラの生態調査はまだ不十分ですが、断片的な観察を積み重ねた結
果から、主食はカミキリムシ類の幼虫を中心にした朽ち木の中にいる昆虫類であることが
わかっています。北方の個体群と同様の食性です。採食活動を観察した結果では、朽ち木
の他、枯木や生きた木の枯死部分をつついて穴を開けたり砕いたりして食べていることが
多く、地上から2〜10mの高さの場所で主に活動していました(石田 1989)。
巣立ち間近い巣でのほぼ4日分の終日観察の結果では、ヒナに給餌した回数でほぼ半分
がカミキリムシ類の幼虫でした(石田・植田 1995;写真1)。ほかに、ムカデの類、ク
モやザトウムシの類、鱗翅目あるいは膜翅目の幼虫(イモムシ)、ゴキブリらしいもの、
甲虫の成虫、透明の翅のある昆虫の成虫などが記録されました。カミキリムシの幼虫は大
きく栄養学的にも質が高いと思われ、それがオーストンオオアカゲラの食物に占める重要
性は、この数以上に大きいと言えます。
写真や文献にある胃内容分析によって、タマムシ類、クモ類、ゴキブリ類、双翅目・鞘
翅目の成虫、タブの実などを食べていることがわかっています(常田 私信; 千羽
1969) 。
◎営巣には太い枯木が必要
オーストンオオアカゲラは、だいたい4月中旬までに産卵し5月中旬以降に巣立ちます
。営巣木や塒穴の掘られる木は、巣穴の入口付近でも直径が40cm近い太い広葉樹です。キ
ツツキ類の通例から、穴を掘るのは枯れた枝や幹で、生きている幹でも芯には菌が入って
柔らかくなっていると推定されます。そのような木は、奄美大島でも相当に高齢の照葉樹
です。
オーストンオオアカゲラの営巣時期は、奄美大島のほかの鳥類に比べて遅く、オオアカ
ゲラの北方の個体群と大差ないのが特徴です。北海道のオオアカゲラがほかのキツツキよ
りも早く営巣するのは、ヒナに与える食物、つまりカミキリムシの幼虫の発生時期が早い
からだと考えられており (Matsuoka 1979)、食葉性昆虫を給餌する他の森林性鳥類はオ
オアカゲラ以外のキツツキと同様の時期に営巣します。奄美大島では、カミキリムシの幼
虫が多く得られる時期が北と大差ないのか、あるいはそれ以外にも原因があるのか、興味
が持たれます。
◎カラスの脅威
私たちが観察した巣は、集落の中の林縁にありました。親鳥が主に活動していた森と巣
は畑に隔てられていて、空き地を200mほど横切らないと安全な森にたどりつけないことに
なっていました。
ハシブトガラスがときどき巣の近くに様子を見に来ており、1羽目のヒナが巣立つと間
もなくヒナのいる薮に飛び込んでヒナを追いだし、道の上でくわえとってしまいました。
さいわい、私の目の前だったので、今度は私があわてて飛びつき、ハシブトガラスのくち
ばしからオーストンオオアカゲラのヒナを救い出しました(写真2)。2羽目の巣立ちは
見とどけることができず、ハシブトガラスの餌食になってしまったことでしょう。
人里では、奄美大島でもハシブトガラスの姿が多く、一例とはいえ観察した状況から推
測すると、そのような場所にある巣のオーストンオオアカゲラの巣立ちビナは、ほとんど
がハシブトカラスに捕食されてしまっているものと思われます。
一方、深い森の中までハシブトガラスが入ってくることはまれで、そこではヒナは安全
に巣立つものと期待されます。森の中での捕食者としては、巣立ち前にはハブ、巣立ち後
にはマングースやネコが心配されますが、今のところそれらの影響はまったくわかりませ
ん。ただし、少なくともハブは、大昔からオーストンオオアカゲラと奄美大島の森で共存
してきた相手だと思われます。
◎生息数は不明
オーストンオオアカゲラの生息数についても、まだ信頼できる資料は得られていません
。
春先の早朝に、ルートセンサスや定点観察でドラミング(図2)している個体を調査し
た結果では、推定密度は1994年3月には1.4〜3.0羽/100haで、平均すると1.6羽/100haに
なりました。同じく1995年の推定密度は0.5〜2.6羽/100haで、平均すると1.3羽/100haで
した(石田・植田 1995)。1988年6月と1989年7月の両側25mの幅で記録するラインセン
サスにおいては、それぞれ平均で13.3羽/100ha、12羽/100haが記録されました。この時期
は、オーストンオオアカゲラが目立ち、巣立った若鳥もいる季節です。1989年11月のライ
ンセンサスでは、1羽も記録されませんでした。
調査精度や巣立った若鳥の存否、鳥の活動量、気象条件、植生(環境)による記録率や
生息密度の違いなど、とても多くの不確定要素が、これらの結果には含まれています。た
だ、近縁種や他の地域のオオアカゲラで知られている行動圏の面積などを参照すると、ひ
どく的外れな値でないことも確かです。
オーストンオオアカゲラが生息し、営巣していると思われる森林は、統計資料をもとに
おおざっぱに推定すると1万ヘクタールたらずです。必ずしも全域でうまく繁殖している
とは言えないことは、前に述べたとおりで、注意すべきでしょう。
◎保護と研究課題
オーストンオオアカゲラは目にとまる機会も多く、ルリカケスと同様に島の人たちから
も親しまれているようです。一方で、中にたくさんいるカミキリムシを食べるために、シ
イタケ栽培のほだ木を粉々にしてしまい、栽培業者には嫌われています。そのようにちょ
っと複雑な事情もありますが、オーストンオオアカゲラを大切にしようとする社会的な合
意は、形成されていると言えます。
オーストンオオアカゲラの保護上で重要なのは、安全に営巣しヒナを巣立たせるのに必
要な枯死部分のある大木とそれを取り囲む森林を確保することです。オオトラツグミなど
の場合と同様に、原生林を保存し、林業では長伐期の小面積皆伐といった施業方式に改め
ることが望まれます。本種では、適用できる範囲がより広いと言えます。
営巣木に関しては、伐採時に大木を残したり、非常手段としては成長過程の若い森林に
営巣用の丸太を設置する試みも、行われてよいでしょう。
加計呂麻島や笠利半島に生息しないのが、営巣木がないためだとすると、営巣に適した
環境を育成していくことで、オーストンオオアカゲラの分布域を広げることができるかも
しれません。また、技術が進歩して海岸沿いの急斜地の森林にも開発の手が伸びようとし
ているようです。経済的にも、土地保全や森林の回復にも不利なそのような場所の森林が
、オーストンオオアカゲラやアマミヤマシギにとっては貴重な生息地になっています。ぜ
ひ、今のまま保存して欲しいものです。
オーストンオオアカゲラの生態研究では、自然林内における繁殖行動の観察や、足環や
発信機を装着して個体を追跡するような調査によって、保護対策に直接結びつく有力な資
料が得られるものと期待されます。沖縄の固有種(固有属)であるノグチゲラの研究とも
連携させ、両種の保護を同時に考えるような研究計画が立てられればなお有効だと考えら
れます(石田 1989)。
(291>282 or 279 or 277)
目次写真
図1.オオアカゲラ D. leucotos の亜種の分布:1,
leucotos; 2, lilfordi; 3, uralensis; 4, subcirris;
5, stejnegeri; 6, namiyei; 7, tangi; 8,fohkiensis;
9, insularis; 10, owstoni. Short (1982)は、3のuralensis を認めていない。(亜種区分は
Cramp ら (1985)により, Cramp ら (1985), Dement'ev ら (1966) および 鄭 (1976)
の分布図 を参照して描いた。)
写真1.カミキリムシの幼虫を持って巣穴に来たオーストンオオアカゲラ.
写真2.ハシブトガラスに食べられそうになった巣立ちビナ
図2.オーストンオオアカゲラのドラミングのサウンドスペクトログラム