アマミヤマシギは今 − 放獣された捕食者・マングースの駆除が急務 −
(『私たちの自然』No.401, 1995年4月号掲載)

アマミヤマシギは南西諸島の固有種
アマミヤマシギ Scolopax mira は、南西諸島の固有種(特産種)で、1993年4月から 施行された「絶滅のおそれのある野生動植物の種の保存に関する法律」の成立にともなっ て、「絶滅危惧種」に指定されています。
奄美大島では、以前は、冬に渡ってくる猟鳥のヤマシギの狩猟が認められており、よく 似ているアマミヤマシギがなかば公然と混獲されていたのは確かですが、アマミヤマシギ が1990年に特殊鳥類に指定されてからは、ヤマシギ類の狩猟が禁止され、狩猟による個体 数減少の心配は軽減されました。まだわずかながら密猟されているらしいとのことです( 常田 私信)。
残っている圧迫要因は、猛毒を持つハブの駆除のためにと個人的に放獣され野外で増え てしまったマングースによる捕食圧と、重要な生息環境である高齢の照葉樹天然林の伐採 や開発による減少です。これについては、後で改めて説明します。
アマミヤマシギは、Hartert によって1916年に,ヤマシギ Scolopax rusticola の1亜 種として記載されました。日本鳥学会(1975)による日本産鳥類目録第5版では,ヤマシギ と別種として扱われています。非繁殖期に渡ってくるヤマシギと秋から春まで同じ場所に 生息するにもかかわらず交雑していない様子であり,形態上詳しく比べるとはっきりと異 なっているためです。

ヤマシギにそっくりだが慣れれば識別は容易
アマミヤマシギはまだらの茶褐色をした中型のシギで、先が少し下に曲がった長いくち ばしととんがった頭、ずんぐりした胴体に短い脚と尾という、写真のようないでたちをし ています。
数年前まで、よく似たヤマシギとの野外識別法に決着をつけるべく野鳥愛好家の間で議 論が行われたことがあります(Brazil & Ikenaga 1987, 園部 1988)。アマミヤマシギはく ちばしや脚が長くて太く、翼がより丸く、羽色が濃くて褐色味が強く、飛ぶ時にカモのよ うな声を発する他、頭頂が少し平らだとか頭頂や過眼線、羽縁などの模様が異なるなど、 いろいろと指摘されました。
実際には、暗い時にライトの光で見る場合がほとんどで、確実に判断できる材料は限ら れます。羽毛の模様などは、個体ごとに違い当てはまらない場合も多いのです。奄美大島 在住で長年野鳥の観察や撮影を行っている常田守さん、沖縄の嵩原建二さんたちの意見に 、私自身の観察経験を加えたところでは、野外識別で一番重要なポイントになるのは、脚 と、体の姿勢、それに声です。
写真1と写真2 を比べていただければわかるように、アマミヤマシギは脚がかなり太く、たいてい踵(かかと)がはっきり見えており、体は比較的水平に保っています。アマミヤマシギは,飛び立って逃げる際に多くの個体が,カモ類のようなやや高めの「クワックワッ」「グワッグワッ」「グェー」(筆者)、あるいは「ジェ」(常田氏による)というような声を発します。ヤマシギが飛翔時に発する「ブィョン, ブィォン」「キチッ」というような声を発するのはまだ聞いたことがありません。
奄美大島にヤマシギも渡来している時期のセンサスで、できれば1羽残らず確実に識別 して、種別に数えることは、保護のための調査にとっても不可欠なことですが、慣れれば 比較的容易に行えることがわかり、一安心しました。

奄美大島と加計呂麻島が分布の中心
アマミヤマシギは、現在のところ奄美大島、加計呂麻島、徳之島にまとまった個体数が 生息しています(図1)。徳之島の調査はまだ十分に行われていませんが、天然林がわず かしか残っていないことや、奄美大島でも開発の進んだ北部の笠利半島では観察されない ので、徳之島の生息個体数はきわめて少なくなっていると思われます。奄美大島に近い小 島にも分布していることが予想されるものの、確認した記録はまだ知りません。
沖縄県立博物館の嵩原建二さんによると、1980年に初めて発見された沖縄本島にも少数 が周年生息し、慶良間諸島の渡嘉敷島や久米島、伊平屋島でも観察されているそうです。 沖縄では、若鳥は観察されていますが、幼鳥は確認されておらず、奄美大島方面から渡っ てきた少数の個体が居るだけで、定着してはいないのだろうと考えられます。
未確認ですが、沖縄と奄美大島との間にある沖永良部,与論などの島にも飛来している 可能性があります。奄美大島在住の服部正策さんによると、トカラ列島では、冬にヤマシ ギを観察したことがあるものの、夏はヤマシギ類を見たことがないということで、奄美大 島より北の島々では、まだ確認例がありません。

自動車センサスの調査結果
1991年度環境庁特殊鳥類調査で、1991年6月中旬と1992年の3月中旬に、奄美大島とそ のすぐそばに浮かぶ加計呂麻島で、アマミヤマシギの林道上での密度などを調べました( 石田 1992)。1994年度にも、種の保存法にもとづく環境庁稀少野生動植物種等生息状況 等調査の一環として、本種の調査が行われています。この調査は、分布や生息数、保護上 の問題点などの現状を把握することが目的です。
広い地域を調べる必要があることや、ハブに噛まれる危険があることのほか、何より、 人が歩いて行くとアマミヤマシギはずっと遠くで逃げてしまうのに、自動車だとライトを 当てたまま割合近くまで近づいて観察できることから、自動車で道をゆっくりと走りなが ら会った個体を数え、逃げるまでの間、各個体の特徴や行動を記録する、という調査方法 を用いました。
奄美大島での2回の自動車センサスの結果をまとめたのが、図2のグラフです。15の 区域で、日没後から夜明けまで、6月には計317.9km、3月には計228.65kmの区間を走っ て、重複観察した可能性のある記録を除外して、それぞれ合計176個体と130個体を記録し ました。
ほとんどの区域で6月の調査時の個体数が多いのは、若鳥が加わっているためです。ま た、繁殖期の始まる3月には、つがいのなわばりが固まって排他的であろうことや、6月 には採食のために特定の場所に集中して出てきていたことなども、考えられます。笠利半 島には、いませんでした。
全体の傾向として、マツの多い二次林の地域よりも、照葉樹二次林・壮齢林の混在した 区域や海岸に近い風衝低木になった照葉樹林と原生的な照葉樹林の区域の生息密度が高く なっていました。右から3番目の原生林地区は名瀬市近郊の金作原周辺で、低密度なのは 捕食者のマングースの影響ではないかと推定されます。その右側、龍郷町の長雲峠林道周 辺には狭い範囲に天然林が残っていますが、6月の結果が低密度なのは、調査時に、保健 所に売るためのハブを林道周辺で捕獲する人の車が少なからず走り回っており、私たちが 行く前にアマミヤマシギが林道から逃げてしまった結果だと思われます。それで、3月に 6月より高密度になっています。伐採直後の開けた環境の区域は、採食環境としては利用 されているものの、繁殖は行われないとがわかります。
残念ながら、林道での採食行動がアマミヤマシギの生活全体の中でどのような割合を占 めているか不明なので、この便宜上の調査手法による結果から生息数そのものを推定する ことはできません。しかし、林道上にいる個体の多さから判断して、同じ場所で、この同 じ方法を用いて調べることにより、個体数の年次変化や、図に示したような環境別、季節 別の生息密度を相対的に比較することは十分にできると考えています。

生態や行動は不明な点が多い
常田さんによると、3月ごろ、クークーと鳴きながら翼を持ち上げてクルクルとまわる 求愛ディスプレイと思われる行動が、林道や枝の上で観察されます。4月末から6月にか けて、幼鳥や若鳥が観察されるそうで、4月〜5月が営巣期です。
また、自動車センサスにおいて、一定の距離歩いてから飛び立ったり、歩いて自動車の 脇をすり抜けて戻る個体が多く観察され、その先に新個体がいることなど、林道上でなわ ばりが形成されていたことも明らかでした。しかし、昼間の活動や、林道以外の森林内な どでの活動についての観察はほとんど行われておらず、生態や行動について未解明の点が たくさん残っています。
アマミヤマシギを注意深く観察していると、目のまわりに赤い裸出部のある個体がいま す(目次カラー写真参照)。この裸出部は、春によく観察されるそうで、出方に大きな個 体差があります。写真3はほとんどない個体です。はっきりした裸出部の出る個体は、春 に、大きな体の個体で多いように思われます。ニワトリのトサカのような目印になってい るのかも知れません。

保護の問題点と今後の調査課題
初めにも述べたように、アマミヤマシギを保護するためには、捕食者となっている可能 性の高いマングースの駆除と繁殖地として重要な天然広葉樹林の保全が、現在の課題です 。奄美大島の植生と天然林の保全については、後でオオトラツグミやオーストンオオアカ ゲラについてお話する際に、改めて、詳しく述べることにします。
ハブ採りの南竹一郎さんによると、ハブの胃の中にルリカケスやツグミ類はたくさん見 たけれども,アマミヤマシギやケナガネズミは見たことがないそうです。長年,奄美大島 全域の森林内を注意深く歩き,多数のハブを捕獲してきた南さんの見解は信頼性が高いと 言えます
一方、名瀬市近郊の金作原周辺にはとぎれとぎれながら、立派な天然広葉樹林が残って いるのですが、アマミヤマシギが少ししか見られなかったことをすでに紹介しました。19 88年に私が初めて奄美大島で調査をしたときには、金作原周辺でもっと多く観察された記 憶があります。このときは、昼間のオーストンオオアカゲラの調査が目的だったので、き ちんとしたセンサスはしていないのですが、その後、急激に減少したことは常田守さんも 証言されています。
奄美大島在住の新聞記者で自然保護活動にも熱心な高槻義隆さんによると、名瀬市近郊 の山道で脚の切れたヤマシギ類が観察されており,逃げるヤマシギの脚を喰いちぎるよう な地上性の獣の捕食者の存在が示唆されたそうです。名瀬市周辺では,マングースやノラ ネコが増加していることも確かめられています(高槻ほか 1990, 1991)。
金作原周辺の林道でアマミヤマシギの姿が減少したのは、マングースやノラネコによっ て捕食され,あるいはそれらの動物が多くいる林道周辺に出てこないためだと考えられま す。後者だけならよいのですが、捕食されている可能性が非常に高いとい言えます。
高槻さんによると,採集されたノライヌの糞中にアマミノクロウサギの毛が多く入って いるものがあったそうです。今のところ,ノライヌによるアマミヤマシギ捕食の直接の証 拠はありません。
こうした外来の捕食者で、固有種の驚異になっている種は積極的に駆除すべきです。も ともと二種のコウモリ以外に哺乳類の生息していなかった生態系に、ネズミ・ポッサム・ ネコといった捕食者や、家畜等が大量に持ち込まれたニュージーランドでは、森林の牧草 地や人工林への急速な開発と合わせ、多数の絶滅種や絶滅危惧種を生み、現在、世界の絶 滅危惧種(鳥類)の約11パーセントをニュージーランドの種で占めているということで す。その反動もあって、きわめて積極的な保護対策を実施しており、多くの離島で外来捕 食者を駆除しています。ウェリントン近郊のカピチ島では、綿密な駆除計画のもとに外来 捕食者の根絶に成功しています(Veitch et al. 1992)。
奄美大島では、在住の方たちの熱心な活動にもかかわらずマングース駆除対策は遅れて いますが、雑食性のマングースは農作物にも被害をおよぼすことから、有害獣駆除が始ま りました(阿部 1993)。今後は、森林地帯で、種の保存法にもとづいた生息環境の保全 対策の一環としても、積極的に駆除事業を進めることが望まれます。
アマミヤマシギの生息数の相対的な変化は、林道における自動車センサスを継続して実 施することにより、だいたい知ることができると期待されます。しかし、アマミヤマシギ が絶滅しないように見守るためには、その生態をもっとよく知ることが大切なことは言う までもありません。
近年、野外内分泌学と呼ばれる研究分野が発達してきて、糞の中のホルモンの濃度を調 べることによっても、野生動物の繁殖(生理)状態などを理解する研究が進められていま す(窪川 1994)。アマミヤマシギは、飛び立つ前にほとんどの個体が糞をしますので、 それを集めて分析することによって、繁殖している個体の割合や雌雄の性比など、それを 通して場所別・年別の繁殖状況や繁殖生態がより深く理解できるかもしれません。また、 発信機を装着して、行動圏や環境利用様式を調べるのも有効な研究手法です。十分な研究 費や研究者が必要ですが、環境庁や鹿児島県に是非実施していただけるよう希望します。