アマミコゲラは今 − 島嶼個体群と奄美大島の自然環境保全
(『私たちの自然』No.410, 1996年1月号掲載)

今までに紹介した4種と違い、アマミコゲラについては、私自身もまだほとんど現地調 査をしていません。また、ほかの方による詳しい観察結果も見あたりません。私がコゲラ の地域個体群や近縁種の関係について研究を進めていることや、今までに奄美大島の希少 鳥類を調査してきたことをもとに、コゲラの島嶼個体群についての説明と奄美大島の環境 保全についての提言をさせていただきます。また、最後に今までの分もまとめて、引用文 献表を載せます。

日本列島にまんべんなく分布するコゲラ
コゲラは、東アジアの一部にだけ分布する種ですが(図1)、日本列島周辺ではサハリ ン択捉島、利尻島や知床半島から南西諸島まで、亜寒帯の針葉樹林から亜熱帯の広葉樹林 までのいろいろな種類の森林で見られます。奥山から里山まで生息し、1980年代後半には 都市緑地でもふつうに繁殖するようになっています。奄美大島をはじめ、南西諸島や伊豆 諸島など少し離れた割合に小さい島々の多くにも生息しています。
全体的に灰色っぽい背面に白い横筋、白っぽい腹に灰色の縦縞が走り、眉のような太く 白い線がやんちゃっぽい表情をつくっている、スズメより少し大きいくらいの小型のキツ ツキです。

亜種アマミコゲラ
コゲラは、北の地方ほど白い部分が大きく、体も大きくなっており、また小さな島の個 体群の方がやや大きい傾向があります(図2,およびオーストンオオアカゲラの説明参照 )。北海道のコゲラと九州や沖縄のコゲラをくらべると明らかに大きさや色が異なります が(Birder編集部 1993)、近い地方のものどうしは色の差はわずかしかなく、ほかの個 体群と割合にはっきりと区別できる亜種に分けるには、難点があります。
そいう意味で、コゲラに亜種を4つだけしか認めていない Short(1982)も、奄美大島と 徳之島に生息する個体群は、はっきりと色が濃くて亜種として認めうると述べています。 アマミコゲラは、特徴的な小個体群のようです。

小さい割には広い行動圏
本州中部で調べた結果では、コゲラは体が小さい割には広い行動圏を持っています。林 が連続するような場所では20ha近く、つまり何倍も大きなアカゲラくらいの行動圏です。 キツツキの行動圏の広さは、植生や地域によってかなり変化しますのでアマミコゲラにつ いては調べてみないとはっきりしたことは言えませんが、奄美大島と徳之島で行ったライ ンセンサスの結果では、オーストンオオアカゲラと大差ない生息密度で記録されました( 表1)。
また、オーストンオオアカゲラが冬期には林縁に現れず観察されにくいのに対して、コ ゲラは年間を通して、比較的、人目につく場所にも出てくると言えそうです。
行動圏の広さは、適切な営巣穴や塒穴を確保する上で必要なのかもしれません。これも 本州での調査結果では、コゲラは多くの場合、生きた木の枯枝に営巣用の穴を掘ります。 嘴が小さく掘る力が強くないためか、適度に腐朽して柔らかくなっていて、しかも営巣中 に強風などで折れたりしないていどには強い枝を慎重に選んでいるようです。私たちには コゲラの営巣によさそうだと思える枯枝でも、実際にさわってみるともろすぎたり硬すぎ たりして、適当な枝は意外と少ないようです。その現存量を適切に評価するのは難しく、 まだ具体的な数字で、営巣枝の多さと行動圏の広さの関係などは調査できていません。

島嶼個体群はみな貴重
 アマミコゲラは、天然林から住宅地周辺の二次林まで、海岸沿いの林などにもおり、森 林の残り少ない徳之島にも生息するなど、他の奄美諸島の固有種に比べるとやや広く分布 しています。生息密度は、上記したように決して高くないので、天然林の伐採が急だった 1870〜 1980年代にはその面積の減少にともなってかなり生息数が減ったものと推測され 、現在はいわば少な目で安定しているのではないかと想像されます。
「この鳥を守ろう」で、山階芳麿氏は、天然記念物や特殊鳥類の指定は受けていないも のの減少している鳥の一部として33種をあげる、と書かれています。アマミコゲラもその 中の1つです。いわば、コゲラあるいはキツツキの島嶼個体群を代表して、取り上げられ たといえるでしょう。島嶼は、面積が小さいために、いずれの個体群も小さく、環境変化 から逃げる場所がないという意味で、本土の個体群よりも脆弱です。また、個体群が小さ いことは一般的に早い進化をもたらし、独特の性質を発達させていることが多いともいえ 、学術的にも貴重です。南西諸島だけでなく、伊豆諸島や屋久島などの個体群にも注意を 払うことが大切です。それは、いうまでもなく、それぞれの島の特徴のある自然を全体と して保全することに他なりません。

奄美大島の環境保全
私は、今までにも、奄美大島の希少(固有な)鳥類の保護対策について、森林保全と外 来捕食者の駆除が大事だという指摘をしました。ほかの多くの小島でも、同様のことが言 えます。しかし、もう少し大局的な見地から、奄美大島の環境保全について具体的な提言 すると以下のような対策が考えられます。

1.現在オオトラツグミのさえずりが聞かれる照葉樹林を保護区として、少なくとも20 年間、伐採等の開発を中止する. 2.オオトラツグミの生息地に隣接する、約1km幅 の森林と、風当たりの少ないと予想される区域の森林は、保護区にするか45年以上の長 伐期施業で1ha以下の小面積皆伐にする.林道の拡充は行わない. 3.住用川流域を最 重点生態系保全モデル地区にして、上流の神屋地区周辺から河口のマングローブ林にいた るまでの全範囲で、高齢林の育成や、湿地の保護、水質保全などを実現する. 4.森林 内における外来捕食者(マングース、ノラネコ、ノイヌ)の駆除を実施する.そのための 、予算と人員を確保する. 5.奄美大島の林業の長伐期化、皆伐面積の縮小、大径木の 保残、伐採地の分散、必要最低限の林道規模の見直し、を行う. 6.自動車道路建設計 画の最小化への見直し、廃道部分の埋め戻しなど植生回復のための積極的な手段を実施す る.7.エコツーリズムの導入など、島の産業構造の見直しをする.笠利半島は、植生を 回復させて、オーストンオオアカゲラやルリカケスの生息数を増やすことも可能だと思わ れ、そのための試験地区としてはどうか.(この提言は、昨年の日本鳥学会大会でもポス ター発表しました。)
ここに盛り込んだ施策を実際に担当される方は、国の機関(環境庁や林野庁)から鹿児 島県や市町村、民間企業や市民の方まで広くわたります。それだけに、対策の実施には幅 広い協力や話し合い、あるいは役割分担が必要でしょう。現状では、困難も多いことは承 知で、あえて提言したいと思います。

目次カラー写真.アマミコゲラ(写真、常田守)
図1.コゲラの分布域
図2.コゲラの翼長の地域および雌雄の差。平均(横棒)±標準誤差(四角)と測定値の 範囲(縦棒)を示してある。有意差の検定は、本州産(D. k. seebohmi)との比較について 示した。山階鳥類研究所所蔵標本を計測した結果による。北ほど大きく、小さい島の方が 大きくなる傾向がある。コゲラは雌の方が大きい。
写真 尾根から沢までの大面積皆伐は土壌の流失や崩壊を招き、河川や河口を汚染して森 林の回復も危ぶまれる。適正な森林施業が必要だ。
写真 道路改良工事によって少なからぬ面積の森林が永遠に失われる。適正規模の見直し や廃道の植生回復促進が望まれる。

表1.奄美大島と徳之島でのラインセンサス(両側25mずつ、2km)の結果

コゲラ平均 オオアカゲラ平均
年月 場所 n 出現個体数 優占度 出現個体数 優占度
1988/ 6 奄美大島 12 1.92 5.2% 1.33 3.6%
1989/ 7 奄美大島 15 0.53 1.7% 1.27 3.8%
1989/ 7 徳之島 3 1.67 3.6% 0 0 %
1989/11 奄美大島 6 1.83 1.8% 0.33 0.3%