生物多様性保全を鳥で考える:生物多様性を脅かすこと、絶滅危惧種、ルリカケスを例に
(改訂途中です 6/4)
1.生物多様性とは
(1) 進化の産物、生物
生物は、地球表面(生物圏ともいう)における進化(生命の歴史)の産物である。生物以外にも、歴史の産物として考えることが適切な「物」はいろいろある。進化論が、いろいろなものにもあてはまるゆえんである。進化論1)は、200年前に生まれたチャールズ・ダーウィンが、生物の多様性を説明するために考えた理論、哲学である。
別の言い方をすると、すべての生物は、祖先を共有し、どこかで共通の起源を持ち、親戚である。
生物の多様性は、DNA、種または個体群、生態系(生息環境)、景観(複合生態系)などのレベルで認識され、定義される。
(2) 生物多様性の保全
ヒトが、個体数と分布域を拡大したことによって、ヒトに「近い」生物たちが急速に絶滅し、絶滅しようとしている。アフリカ以外の大陸からは、ほとんどの大型哺乳類はすでに絶滅したと言っても過言ではないだろう。人間の直感でもっとも理解しやすい、生物種の減少、絶滅を少しでも食い止めたいと、多くの人間が願うようになっている。
どのような生物(種または個体群)が絶滅しそうなのか、絶滅の原因はなにか。
生物種の絶滅の原因を大きく分けると、生息環境の消失、外来種、ヒトによる消費 の3つがあげられる。開発や地球温暖化は、一部の生物(ヒトを含む)や一部の地域の生物の生息環境を消失させ、外来種はヒトとともに在来の生物を直接、間接に消費し、ときには病原体を持ち込んで地域個体群に大きな打撃を与え、絶滅ももたらす。ヒトが野生からその生物を奪ってしまうこと、あるいはその生物に必要な資源を採ってしまうことにより、ときにはそれらの活動にともなう巻き添えによって、多くの生物が絶滅の危機に瀕している。
生物多様性を保全するには、3つの原因と生物の絶滅を引き起こす仕組みを理解し、ヒトの活動を調整することが肝心である。
複雑系の視点から、生物全体の多様性はとても頑健なシステムだと考えることもできる2)。しかし、その頑健さは,人間にとって都合のよい、好ましい結果をもたらすわけではない。ヒトにもっとも近い生物の一つと言える鳥も、ヒトの影響を多く被っている。"Today Birds, Tommorow Men" と言い習わされてきたことが、納得してもらえるきっかけになれば、この講義は 御の字 となる。
2.鳥とは
(1)鳥類の特徴
鳥類は、恐竜の直系の子孫といえる 3)。現生鳥類のほとんどは,体温が高く体表が羽毛に覆われていて保温され,翼で空を飛び,嘴や足指を使って食物をとり,巣を作って卵を産み育てる.地上や空中や水中,植物の幹や枝,ときには木の中,林冠する鳥がいる.何千キロも離れた場所へ移動したり、標高八千メートル以上の高空を飛んだり、営巣のとき以外一生空中にとどまる鳥もいる.活発で,代謝の高い動物である.
鳥類の体は,体重およそ2gのハチドリ類、日本では10gに満たないキクイタダキ(Regulus regulus) の体長5cmていどから,日本や飛ぶ鳥ではおよそ10kg,1m足らずのオオハクチョウ(Cygnus cygnus)、海外の飛ばない鳥ではおよそ100kg、2mのダチョウ(Struthio camelus)までの大きさに入るので,10<-6;上付>mていどの細菌から10<2;上付>mていどの長さのナガスクジラやジャイアントセコイアまでの生物全体の中にならべてみると,大きな生物であると言える.
森林では、小型鳥類の1つの種はふつう1羽/1ha,大型の鳥では10<-2;上付>羽/haていどの密度で生息しており,樹木や昆虫類などにくらべて,森林には少数しかいない.
鳥類の特徴を一言で表すと,活発で,大きく,少しだけいる生物だと言える.それに対して,樹木はさらに大きく,不活発で,森林には多くいる生物である.
(2)鳥類をめぐる種間関係
生物同士の種間関係を整理すると、例えば以下のように分けられる4)。
1.資源:栄養(食物)あるいは生息場所として
2.競争相手:食物や空間や生息場所のような資源をめぐって
3.天敵:資源として消費される相手として
4.(片利) 共生:その相手に利益を与えるものの,その相手から影響を受けない
例えば、鳥類と樹木の直接の種間関係では,鳥類が樹木を資源として利用する1の場合が大部分を占める.また,少数の興味深い共生関係も知られている.多くの鳥類は,樹木の種子や果実を,食物として利用する.樹木の葉や材などをたくさん食べる鳥類はいないものの,木の実を食べる鳥の種類は多い.
キジバト(Streptopelia orientalis)は,植物の種子や果実だけを食べている.カケス(Garrulus
glandarius)は,ミズナラ(Quercus crispula)の堅果(ドングリ)を食べる.キツツキ類のように主に昆虫などの動物食だと思われている鳥も,木の実をよく食べる雑食性の鳥である.また,ユーラシア大陸の北端にいるアカゲラ(Picoides major)の地域個体群では,冬期間,食事のための特製の台を作って固定しドングリやツノハシバミの実を専門に食べることも知られている.木の実や種は,大量に生産され,栄養価も高く,枝先や地上に落下した後も長期間残っている場合があるので,冬期間には鳥類にとっても特に重要な食物資源となる.また,少なからぬ果実や種子は,鳥類との共進化の結果生まれてきた形質を持つと言われている.
カケスは、ドングリを移動させた後、物陰に隠しそれを食べ残したり、間違って落としたりしてしまうことがあり、その結果としてドングリを長距離運ぶ.ヒレンジャク(Bombycilla japonica)は、ヤドリギ(Viscum album)の実を食べ,移動してから糞をして種子散布する。羽毛や足ひれにくっついて運ばれた植物の種や、小動物も知られている。鳥は,長距離を速く移動するので,他の生物の長距離分散を助けていることがある.
メジロ(Zosterops japonica)は,ツバキの花の蜜をなめる.その際に,嘴の元に花粉を着けて次の花に移動するので,花粉の媒介に役立っていると推定されている.花粉媒介の大きな役割は昆虫類が担っているが,世界では,ハチドリ,ミツスイなど小型で蜜を食べ,花粉を運ぶ鳥種も多く知られ,花に特徴のある特定の植物に特化した特徴のあるくちばしを持つ鳥もいる.
鳥は,営巣場所や隠れ場所として樹木を利用する.キツツキは,さまざまな樹木の幹や枝に穴を掘って営巣する.キツツキの造った樹洞を,乗っ取る動物や後から再利用する動物は多い.森林に棲む鳥類はすべて,枝の上,樹冠や低木の茂みなどを巣の台や覆い(捕食者に対する目隠しと風雨日差しを遮蔽物)として利用する.ほとんどの森林生鳥類が樹木に身を寄せて,夜を過ごす.ムクドリ(Sturnus
cineraceus)は冬になると大群をつくって,大木の枝にねぐらをとる.森林の鳥は,樹洞や枝の上など樹木の様々な部位に,枝や葉なども材料として巣をつくる.樹皮や茎によく似た羽色を持ち,紛らわしい姿勢をとって、身を隠す鳥もいる.
(3)生態系における鳥類の機能
生態的役割を少し正確に言い換えると,機能である.機能と構造をもったシステムとして,森林のことを森林生態系とも呼ぶ.森林植生は、恐竜が主役の時代には裸子植物を中心とする構成だったものが、現在では被子植物を中心とする構成の植生が多くなり,樹木や鳥や昆虫などの種数や科数といった分類学的種群の数としても、それぞれの個体群の機能の種類においても、より細分化され多種多様な生物の世界が出現している。森林におけるいわゆる生物多様性は,植物と昆虫の共進化が重要な原因だったと言われている.鳥類は,その進化に,主に昆虫の捕食者として,加わってきた生物の1つである.捕食する行動が進化すると、捕食されないように被食者も進化する。そのような共進化の結果として、直接には昆虫が、間接には植物なども進化し、種分化し、多様化してきた.
活発で比較的大きな動物である鳥類は,生態系にある物質を動かす役割を多くになっていると言えるだろう.生物的物質量(バイオマス)としては,1haの森林に樹木が10<8;上付>gのオーダーあるのに対し,多く見積もっても鳥類は10<2:上付>gていどしかおらず,動かす物質量はわずかである.そのかわり,素早く,遠くへ移動させる能力を鳥類は備えている.森林を1つの多細胞生物の個体に例えるならば,鳥類は神経やホルモンに相当するような,森林の活動を調整する機能を担っていると考えられる.
3.ルリカケス (Garrulus lidthi)
実例として,奄美大島に生息するルリカケスの場合を紹介する.
ルリカケスは、上野動物園には1羽だけいる。
引用文献
1) Darwin, C. 1959. On the Origin of Species
2) Feduccia, A. 1999. The Origin and Evolution of Birds. Yale
University Press.
(翻訳書,フェドゥーシャ,A. 2004. 鳥類の起源と進化 , 平凡社.)
3) Levin, S.A. 1999. Fragile Dominion, Complexity and the Commons. Preseus Publ., Cambridge, 250pp.
(翻訳書,サイモン・レビン. 2004. 持続不可能性, 文一総合出版.)
4) Futuyma, D.J. 1998. Evolutionary Biology (3rd. edition), Sinauer.
2005. Evolution, Sinauer (4版とも言えるが、改題)
(翻訳書,フツイマ,D. J. 1991. 進化生物学, 原著第2版, 蒼樹書房,絶版.東京大学農学生命科学図書館の参考図書として所蔵されています。ただし,版ごとに大幅な内容改訂がある.)
(注記1:鳥類が獣脚類恐竜の子孫であるという系統関係は,近年,古代鳥類の化石が多数発見され続けている結果,ほぼ定説となっている 2).現生生物の分子系統樹解析の結果によっても,支持されている.鳥類は恐竜そのものであるという言い方もできるが,むしろ,たいへん多様な生物だった恐竜に対する私たちの理解を,改める必要があり,恐竜と鳥類が樹木の進化に果たした役割について考察することも興味深い.)
(注記2:フツイマ 4)の種間関係分類法は,よく目にする分類法とは異なって見えるかもしれない.例えば,共生という言葉は,相利共生,つまり関係している2種の個体群の個体のどちらも利益を得る関係を示すことが多い.しかし,種間関係全体を上手に整理しようと考えると,フツイマの方法は合理的である.相利共生の場合も,個体ごとの利益をよく吟味してみると,状況によって利益を得ていなかったり,利益を得るていどに差があるのが普通である.このような場合,お互いに片利共生をしあっていると考えた方が合理的である.種間関係を,種個体群A,種個体群Bの間の矢印を使った模式図で表すことも可能である.)