生圏システム学専攻・フィールド科学総合演習
(森圏管理学)レポート
2001年9月10日(月曜)〜13日(木曜)東京大学北海道演習林
1. 目的
山地渓流地域である東大北海道演習林・岩魚沢流域の河畔林の生態系を理解するため,植生調査を行い,その樹種構成・現存量・階層構造を明らかにする。その結果を他のタイプの森林(前山保存林)と比較することにより、河畔林の特徴である樹種分布,撹乱に対する対応関係を明らかにすることを試みた。
2. 方法
調査地
東京大学北海道演習林は石狩山地の西南部に位置し、北に十勝連峰を擁している。本演習林の最低地は布部付近で標高190m、これより林内最高峰の大麓山(1,459m)に至るまで、標高差は大きくなっている。演習林西端の標高224mにある山部事務所における年平均気温は6.4℃、最高極値は34.2℃、最低極値は-28.5℃であり、気温の日較差、年較差が大きい地域である。年平均降水量は1,200mm、平均最深積雪深約1m、根雪期間は11月下旬から4月上旬となっている。また,当該地は北海道の重要河川である石狩川の支流空知川最上流部に位置し,布部川、西達布川の2つの水系があり、両流域が当林地を二分している。調査区のある岩魚沢は西達布川の流域にあり,永久保存区(19ha)を設け、各樹種の成長や自然撹乱など森林生態系についての長期モニタリングを行っている場所である。その一角に50×50mの方形区を新たに設けた。
植生調査
2001年9月11日に、岩魚沢保存区内に沢を含む50×50mの調査プロットを設置し,方形区の中の胸高(地上約1.3m)直径5cm以上の全樹木の胸高直径を、輪尺で2cm単位で測定した。測定した樹木にはビニル製のナンバーテープをガンタッカーでつけた。また測定木の(根元の)位置図をxy座標を用いて作成した。草本層、低木層、亜高木層、高木層の高さと植比率をプロットの5mごとの格子点の位置、計16箇所で記録した。植比率は、20%刻みで、5段階にわけ、目測で評価した。階層の区分については林冠を形成する樹木を高木層、高木層の樹幹に接する樹木を亜高木層、亜高木より低い樹木を低木層とした。胸高直径のデータから各樹種の胸高断面積合計(BA)を求め、優占種を決めた。また、胸高直径階分布を作成した.
3. 結果
今回の調査区(0.25ha)内にみられた樹種別の測定値ならびに胸高断面積合計を示したのが表1である。本調査区内には未同定種2種を含む計27種が確認された。そのうち水辺域に特徴的な種(中村,2000;茂木ほか,2000)として、ヤチダモ、ミズキ、ハルニレ、シナノキ、サワシバ、ケヤマハンノキ、カツラ、オヒョウがあった。胸高直径5cm以上の生立木は合計136本(544本/ha)で、トドマツ、ケヤマハンノキの2種の本数が特に多く、それぞれ全体の19.1%(104本/ha),18.4%(100本/ha)であった。その他の樹種はハルニレの6.6%を最大に、構成割合はそれより小さい値を示した。枯死木の数は28本(112本/ha)であった。樹種ごとの最大胸高直径(DBHmax)は、100cm以上の大径木はなく、50cm以上ある樹種はトドマツ、エゾマツ、ハルニレであった。胸高直径階分布(図1)をみると、胸高直径30cm以下の樹木が全体の60%を占めていて、30cm以上のクラスになるにつれて本数が減少していた.胸高断面積合計(BA)でみると、やはりトドマツ、ケヤマハンノキがそれぞれ約5.6m^2/ha(20.9%)、約5.2m^2/ha(18.2%)と上位を占めるが、本数ではさほど多くないヤチダモ(12.2%)、エゾマツ(9.4%)がそれに次いだ。他の樹種の多くは全体に占めるBAが2%以下のものが多く、多くの種が少しずつ生育する状態であった。
樹木の位置をXY座標に落として樹木空間分布図を作成した(図2)。特徴的な分布を示すものにケヤマハンノキが線状に分布する傾向があった。方形区の下部(Y軸で10-20m付近)で樹木がほとんど分布しない地域があり、そこは現地観察では林床にクマイササが密生していた。枯死木は方形区の右上と左下に集中し、大径木周辺におおく分布する傾向が見られた。階層構造別の被植率分布を方形区左下の25×25mの区分についてのみ作成した(図3).高木層、亜高木層には優占種であるケヤマハンノキが多く,そのほかトドマツ,ヤチダモが林冠を形成していた。一部には林冠ギャップが形成されていた。低木層は全体的にはあまり発達していないが、方形区下部でトドマツの若木が胸高直径5cm未満の個体も含めて多く分布していた。草本層は被植率40%以上ある部分がほとんどで、クマイザサが広く分布し、一部オシダ・スゲ属spが優占する部分があった。方形区下部では高木層、亜高木層とも被植率60%以上となり、林床部は暗くなっていた。
4. 考察
河畔林構成種の特徴および更新動態
表1の結果と東大北海道演習林内にある今回の調査区以外の調査区データ(表2)を比較した。胸高断面積組成(図4.5.6)から今回の調査区の岩魚沢(2001年)、岩魚沢(1999年;岩魚沢2001に隣接する方形区)および前山(前山保存林長期プロットの1つの方形区)はともにトドマツ・エゾマツの針葉樹および広葉樹の混じる針広混交林であるが、広葉樹の組成から両者を明らかに区別することができる。とくに水による撹乱の指標種であるケヤマハンノキの存在が大きい。岩魚沢1999には15%あるシナノキが岩魚沢2001では1.5%に過ぎないのは、渓流沿いから山地尾根まで広く分布可能なシナノキの特徴の反映、すなわち岩魚沢1999のほうがより山地斜面林の性格が強いことが考えられる。斜面林の前山にもシナノキが20%あること、トドマツが岩魚沢1999には36%と岩魚沢2001に比べ15%も多い(より安定した環境)、ケヤマハンノキが岩魚沢1999では岩魚沢2001に比べ8%少ないこともこのことを支持していると考える。胸高直径階分布を岩魚沢の今回の調査区と前山斜面林と比較したところ(図1)胸高直径69cmまではほぼ同じ分布形を示している。大きな違いは前山のほうには胸高直径80cm以上の大径木(最大104.2cm;シナノキ)が3本ありより古い林であると考えることができる。
構成する種数は河畔林である岩魚沢(2001)・岩魚沢(1999)でそれぞれ26・24種、斜面林の前山では16種であった.種多様性を示す指数としてよく使われるShannonの多様性指数H(x)は岩魚沢2001、岩魚沢1999、前山の順で3.99、3.79、3.42であった.また、H(x)をlog2(S)で除し、種数Sの効果を無くしたPielouの均衡性指数J' は岩魚沢2001、岩魚沢1999、前山の順で0.850、0.827、0.856となった。調査区数が限定されているため河畔林と斜面林とを単純に比較することはできないが、種の豊富さの点から考えると河畔林である岩魚沢の森林のほうが多様度が高いといえる。ただし種間の均衡度のみを問題にしたとき、河畔林と斜面林では大きな違いはないといえる。その理由として、河畔林では斜面林でも出現する樹種に加え、撹乱立地や水辺に特徴的な種が依存的に出現することがいえる。また前山斜面林では水辺域に特徴的な種は少ないものの、明らかな優占種が見られないため均衡度が高くなっている。
今回の調査区は林床および樹木が破壊されるような撹乱はそう頻繁にないことが考えられる。トドマツ、クロエゾの大径木が生育していることがそれを裏付けている。また方形区下部の林床には地下茎で拡大するクマイザサが繁茂していることから、洪水時細粒砂の堆積が起きるような立地であることが考えられる。樹木空間分布図(図2)でケヤマハンノキが線状に分布するが、調査区内の沢の周辺に見られることから、この沢による撹乱および比高との関係が何らかの影響を与えていると考えられる。ほぼ同じ胸高直径のケヤマハンノキが多いことから、過去の流路変動の撹乱時に一斉
更新がおきていた可能性が考えられる。当調査区のもう一つの優占樹種であるトドマツは方形区の広い範囲で大径木がみられ、その周囲に小径の低木が分布している。このことからこの林でのトドマツの更新は行われていると考えられる。それと比べ、北海道の森林の主要な構成樹であるクロエゾはこの調査区内では大径木が数本あるものの、次世代の低木が見られないことから、適当な更新ニッチ(倒木および礫の堆積地)がないことが考えられる。
有賀ほか(1996)は北海道十勝川上流で、斜面と河床を横断する形で設定した2本の測線上に、斜面・河床それぞれ3箇所の方形区を設置し、林分構造および種組成について検討した。9つの林分は類似度によるクラスター分析の結果3つのグループに分けることができた。
すなわち(1)河床で流路に近いグループ(オオバヤナギ・ケヤマハンノキが優占)、(2)河床ではあるが流路から離れたグループ(針葉樹の大径木が優占)、(3)斜面のグループ(特定の共通した優占樹なし)であった。多様度指数で比較すると、グループ(1)は全体的に多様度が低く、グループ(3)は高い多様度を持っていた。また、斜面のグループ(3)も多様度がどの調査区も一様に高かった。
この調査結果は本流域での調査結果と同じ傾向を示しており、当調査区の森林はグループ(1)の高撹乱地域タイプとグループ(2)の低頻度撹乱域タイプの中間的な性格をもっているとみなすことができる。
引用・参考文献
有賀誠・中村太士・菊地俊一・矢島崇(1996)十勝川上流域における河畔林の林分構造および立地環境―隣接斜面との比較から―.日本林学会誌78(4):354-362.
梶 幹男(研究代表)(2000)北海道演習林の針広混交林に設置した長期観測大面積プロットの組成と構造. 長期生態系プロットによる森林生態系の解明.長期生態系プロットによる森林生態系の解明,
平成10〜11年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書:24-39.
砂防学会編(2000)「水辺域管理―その理論・技術と実践」,古今書院.
玉井信行・奥田重俊・中村俊六(2000)「河川生態環境評価法」,東京大学出版会.
太田猛彦・高橋剛一郎(1999)「渓流生態砂防学」,東京大学出版会.