富士演習林に新規設置した長期森林生態系調査プロット(担当,石田健)

1.はじめに
 富士演習林は,1925年に創設された。富士・箱根・伊豆国立公園の特別地域に属し,富士山の東山麓に位置する。現在は,保健休養林としての景観観測と林地管理を主目的としながら,小面積の樹木植栽・成長試験地を併せて維持している。植生は,当初から,敷地の多くがカラマツの人工林であった。現在のカラマツ林は,植栽から70〜80年程度経過した上木のカラマツの倒壊が進み,優占種がカラマツからミズナラ・ミズキ・カエデ類等の落葉広葉樹および,シラベに移行していく植生遷移の初期段階だと思われる。したがって,今後の20〜50年程度の期間に林相が大きく転換し,針広混交二次林へ移行していく変化の著しい動態を記録するのに適した立地だと期待される。長期生態系プロットの設定にともない林内微気象を記録するためにまず14地点に設置した気温記録計の観測結果と合わせて,二次林の森林動態に関して,今後得られると期待される。
 本報告では,本研究によって新たに設定した小面積の調査プロットにおける樹木調査の結果を報告し,林内微気象観測の方法と可能性にもふれる。
 
2.調査地
 当演習林は,富士山麓東斜面の北緯35度24分・東経138度58分にほぼ位置し,標高990m〜1,060mの北から北東向きの緩斜面にある。山梨県南都留郡山中湖村山中および平野の両地区にまたがっている(図1)。気候は,表富士の海洋型から裏富士の内陸型気候への移行地帯にあたり,やや湿度の高い寒冷地である。標高1,000mの気象観測点において1952年から継続して観測されている結果によると,1989年から1998年の10年間の年平均気温は摂氏8.3度,最低気温はマイナス21.9度,最高気温は32.6度,平均年間降水量は約3,000mmだった。1998年1月から1998年12月までの1年間の平均気温は,摂氏7.8度,最寒月は1月で月平均気温摂氏マイナス7.5度,最温月は8月で月平均気温摂氏21.3度,年降水量3,697ミリメ−トル,最大積雪深130センチメ−トルであった。 
 長期森林生態系調査プロットは,3林班3小班の標高約1,050mの,1920年代後半に植栽されたカラマツ人工林から天然性の落葉広葉樹あるいは針広混交林に移行しつつある林分内に設置した。

3.調査方法
 プロットの設定
 南北および東西方向の一辺が水平に25mの方形区画をポケットコンパスを用いて測量し,四隅にプラスチック製の杭を打った。南北および東西に2つずつの4つを合わせて,50m四方の方形区を今回の調査プロットとした。また調査上の便宜のため各杭の側に2mの測高ポ−ルを立ててある。
 プロットは,石田(1976)の植生断面図調査の行われた位置を含み,将来拡張することを考慮して,植生が比較的均質にまとまった林分の東西の歩道に挟まれた中央部の北側の任意の地点を起点として設定した(図1)。
 本演習林の性質上,プロット内に観察歩道が含まれる。歩道も環境要素の一部と考え,新たな通行規制は行わないことにした。

 植生調査
 植生調査の方法は,北海道演習林(芝野ら 1996)ならびに秩父演習林(梶ら 1997)で実施されてきた方法に概ね準じて実施した。以下に,富士演習林における調査の概略を示す。
 1999年4月2日に西半分の25mx50mの区域,同年11月11日に東半分の区域の胸高直径を測定してプロット内の毎木調査を行った。また,同年12月初旬から中旬に,一部の木の欠測および記録の誤り等の再確認のための測定を行った。本来ならなるべく同時に実施すべきだが,演習林管理業務の都合で時間の隔たった2回に分けて実施した。
 プロット内にある胸高(樹幹に沿って根元から約1.3m上)直径約4cm以上の樹木の樹種を記録し,直径尺を用いて胸高直径を測定した。測定位置の樹幹周囲には,同じ位置で繰り返し測定ができるようにあらかじめ白ペンキを塗った。
 胸高直径を測定した木には,原則として測定位置のすぐ下にステンレス製の番号札を,ビニール被覆の針金と釘でとりつけた。針金付きの番号札の製作は,北海道演習林に依頼した。
 25mのプラスチック杭の間を斜距離で5等分して木製の杭を打ち,杭間にビニールテープを張って示した5m四方の枡を位置の基準にして,胸高直径を測定した樹木及びカラマツを主とした上層を形成していた木の倒木の位置を記録した。

 温度ロガーによる林内微気象(気温)の観測
 Onset社製の温度ロガー(H08-0001-02)を,細工をした防水プラスチック箱(約9cm x 6cm x 3cm)と製作した底のない小型百葉箱に入れて林内に設置した。ロガーの基盤に約5cmのニクロム線で接続されている温度センサーをロガーのケースから引き出し,芯の銅線を抜いたコードのビニール管に割れ目を入れて通し,防水箱の横にハンダゴテで小穴を開けてセンサーの頭だけを外に出し,温度センサーが直接外気に触れるようにした。これによって,ロガー周囲の気温と測定温度のずれを最小限にした。ロガーは,防水ケースごと,小型百葉箱内に布テープとマジックテープで固定した。この気温測定装置は,富士演習林で製作した同一規格のものを,他の6演習林・研究所・試験地に配布した。
 地上から約1.5mに7カ所,4mに3カ所,8mと15mに2カ所ずつの,計14カ所に,上記の温度ロガーを設置した。また,測定値を本演習林で48年間継続して観測している気象観測の記録と対照させるために,同観測地点の百葉箱中に1個の同一の防水箱入りデータロガーを設置した。
 調査区画内および調査区と連続する林内の2地点において,隣接する2本のカラマツの間にロープを張って滑車を取り付け,その滑車にロープを通し,そのロープに小型百葉箱を固定することによって,地上から4m,8mおよび15mのカ所に設置した。1地点においては,低木の幹に直接滑車をとりつけロープを通して地上から4mの位置に設置した。これらのロガーの回収は,ロープを繰ることによって地上で行っている。これら3地点には,ロープの直下に杭を打って地上から約1.5mの高さにもロガーを設置した。
 この小型ロガーによる林内微気象の気温は,10分間隔で1日に144回の割合で測定している。ロガーの記録容量に準じて50日以内に防水箱ごと交換し,シリアル接続を介して,onset社の読みとり,観測設定およびデータ参照機能を持つアプリケーションであるBoxCarPro3.5d(マッキントッシュ用,他演等ではWindows用の同ソフトのVer.3.5/4.0)を用いて観測記録をコンピューターに取り込んでいる。
 林内微気象の気温測定は,1999年1月から設置位置の選定および試験測定,ロガーの交換やデ−タ回収の手法についての試行錯誤を経て1999年8月から本格的な観測を開始した。

 掲示板の設置
 当演習林は,保健休養機能の発揮や森林教育の場の提供を主な管理目的としている。その趣旨から,本プロットに接する歩道側に,本研究の趣旨と背景を説明する掲示板を設置した。掲示(予定を含む)内容は,長期間(大面積)にわたって植生の調査をする目的,本研究の概要,他の演習林のプロットの紹介,国内外の他の長期生態系プロットの紹介,森林の動態についての説明等である。
 
 調査の労力及び経費
 表1に,本調査に要した労力(人工数)および経費の概略を示した。
 富士演習林における本研究については,調査プロットの設定および植生調査に多くの労力をかけることができなかったために,本研究期間中には,当初計画した100m四方(1ヘクタール)の4分の1の区画の調査にとどまった。
 林内微気象(気温)測定作業のために,他の6演習林での観測のための資材の調達および準備作業等の補助を行った。また,上記した試験(地)の説明板の設置も,本研究の作業内容として位置づけ,含めた。

4.結果
 胸高直径および胸高断面積
 調査地内の生木の樹種別本数割合,種類別断面積合計割合を図2および図3に示した。
 測定した枯損立木7樹種12本を含む(表3),37樹種531本を記録した(表2)。上層のカラマツと下層のミツバウツギ(高さ約3m)が最優占種だった。ミツバウツギの生木が251本と全体の半数近く,カラマツの生木81本と合わせ2樹種で本数割合で約63%を占めた。胸高断面積合計においてはカラマツが約72%,ミツバウツギが約6%で,量的には植林であるカラマツ主体の植生状態が維持されていた(表4)。
 最優占2樹種に続いて多い樹種として,本数では下層を形成するカマツカ(3.8%),亜高木層を形成するヤマグワ(3.2%),上層に加わっているミズキ(2.4%),そしてツル性のクロツバラ(3.4%) ,ヤマブドウ(3.0%)などが多かった。胸高断面積合計においては,上層に加わっているミズキ(4.0%)やアカマツ(2.1%)と,亜高木層のヤマグワ(1.9%)やズミ(1.8%)がやや大きかった。ハリギリは,1本ながら胸高直径44.1cmの大木で1.6%と7番目の値を示した(表5)。

 樹木および倒木の分布
 図4に,前節で名前をあげた最優占のカラマツ生木(図4-1),ミツバウツギ生木(図4-2)およびその他の7樹種(図4-3)の位置を,倒木の位置と合わせて示した。カラマツとミツバウツギは調査区全域に分布している。調査区を25m四方の4分割区に分けて,それぞれの分割区のカラマツの本数,本数割合,胸高断面積割合および平均胸高直径を集計すると,北東,北西,南西,南東区画についてそれぞれ,(17本・21%・19.3%・31.1cm),(24本・29.6%・29.1%・31.1cm),(20本・24.7%・25.0%・32.5cm),(20本・24.7%・26.6%・33.5cm)となった。この比較ではほぼ均等に分布し,木の平均的な大きさにも差異はないが,北東の区画の現存量がやや少なく,北西の区画がやや多い傾向がある。
 おなじくミツバウツギについては,(67本・26.7%・31.4%・5.4cm),(57本・22.7%・22.3%・5.2cm),(58本・23.1%・20.7%・4.9cm),(69本・27.5%・25.6%・5.0cm)であった。測定結果においては,分割区画間の差異はカラマツの値よりも小さかった。ミツバウツギについては,株別れや枝分かれが多く,また測定していない小径の幹も多くあるので,測定結果だけで分布を正確に判断するのは難しい。
 これら2樹種に続いて多い7樹種は,調査区内において偏在する傾向があった。カラマツ以外の樹種で,胸高直径が20cm以上の大きな木の位置を,カラマツ2本,ミヤマザクラとアカマツ各1本の枯木も含めて図4-4に示した。南東の分割区が8本と,他の部分よりも多い。胸高直径33cmのミヤマザクラと23.3cmのカラマツ,14.2cmのアカマツの3本の大きな枯木が調査区の中央部で近接しているのが目立つ。近くに,胸高直径32.2cmのウリハダカエデと23.7cmのイロハモミジがあった。
 カラマツの倒木は,広くない調査区ながら調査区の全域にあり,南東部分に比較的集中しており,北東部分には少なかった。
 なお,測定本数が少なく,調査区も広くないので,不明確ではあるが,ツル性のクロツバラは測定した17本の内15本が北東の分割区,2本が南東の区画,同じくヤマブドウは,16本の内14本が北東の分割区で,南東と北西の区画に1本ずつあった。北東部分にツル性植物が多かったと言える。

 林内微気象
 林内微気象の気温測定は,本報告作成までに約6カ月継続して行われた。まだ,年間を通しての観測が終わっておらず,最寒月である1月の測定結果も得られていない。
 今回は,西山・千島(2000)のまとめにしたがい,通常年の最温月である8月のデ−タの中から5日置毎に1日を選んで気温の変化をみた。
 図5は,1999年8月31日に記録した観測結果である。富士演習林の気象観測地点(標高1000m)における水銀温度計等による通常の観測記録から,同日に1999年の年間最高気温であった29℃を記録した。また,同日の最低気温は17℃,午前9時の湿度が86%で,天気は快晴だった。地上高別の気温を比較すると日中の気温は林冠上部にあたる地上15mが高く,次いで地上8mが高い。地上4mと1.5mでは,3地点とも際だった気温の差異は見られない。夜間の記録において,各地点間および地上高間の気温に差異は無かった。他の日の記録におていも,晴天時には同じ傾向が見られた。
 8月31日の地上1.5mの気温を測定した6地点間で比較すると,地点6が他の地点にくらべ気温が低くそのほかの地点は一日中同じ気温であった(図5下)。
 図6は8月5日の観測記録である。この日の気象観測地点における記録では,最高気温が24℃,最低気温が17.1℃,午前9時の湿度が94%だった。前日午前9時から当日午前9時までの24時間の降水量が165.0mmと,降水量の多かった雨天日であった。4つの高さで測定している2地点および地上1.5mと地上4mの2カ所で測定している地点3における,地上高による気温の差異は,上記した8月31日と同様で,昼間には地上15mの気温が最も高く,次いで地上8mの気温が高かった。ただし,この日は温度の変化が小さく,地上高による気温の差異も小さかった。また,晴天時に他の地点よりも気温の低かった地点6の地上1.5mの気温が,他地点の地上1.5mの気温と差異はなかった。雨天時には,林内の位置や高さによる気温差が,少なくとも夏にはほとんどなかったことになる。

6.考察
 調査林分の状況
 当演習林では,1979年11月に,石田らによって「植生断面図」の調査が行われ,植生構造が報告されている(石田 1987)。また,西山・千島(1994)によって,富士演習林全域の樹木リストが作成されている。
 現存量からは,植林された上層木であるカラマツが著しく優占し続けており,下層木は,ミツバウツギの優占度が著しく高かった。調査区内に多くの倒木があり,優占2樹種以外で上層木を形成する種には,ツル性の種を含み調査区内で偏在する傾向がみられた。本数は少ないが胸高直径が20cm以上のカラマツ以外の樹木も存在し,
 当演習林は,専属の教官がおらず職員も少ないために,今回は50m四方の調査プロットにとどまったが,せめて100m四方の調査プロットを継続観測することが望ましい。今後,外部の研究者との共同作業あるいは,時間をずらした行程によって,より広い面積の観測を行うことを検討するのがよいだろう。

 本調査地の今後の課題
 本調査地では,今後,上層の優占種であるカラマツの枯損および倒壊が加速するだろう。更新過程における後継樹種間の競争や植生構造の変化が観察できるのは,興味深い。カラマツ以外で上層の一部を占めている樹種のうち,アカマツは大きな枯木があり,ミヤマザクラが枯木であった。フジザクラも胸高直径が12〜15cmの3本の枯木があった。一方,カエデ類とハリギリは,大きな個体が現存しかつ優勢を維持している。現時点では,針葉樹のシラベも胸高直径が33.7cmの個体が1本だけであるが,調査区内にも実生があり,今後,増える可能性がある。
 今後,部分的にでも,実生や草本層,埋土種子などの実態も把握されれば,興味深いだろう。
 本調査区は面積が不十分であり,最低でも当初計画していた100m四方に拡大し,5年ないしは10年ごとに樹種と胸高直径の測定を行い,位置図を作成することが望ましい。
 今回得られた資料については,分析もまだ不十分である。特に,1979年に行われたのと同様の植生断面図調査を本調査区内の前回とほぼ同じ位置で実施し,20年前と現在との植生構造を,今回の調査結果を参照しながら比較したい。
 また,本調査区での研究として,植生構造と動物群集の構造との対応を,特に過去の記録がある鳥類群集(石田 1987, 1997)や地上徘徊性の大型昆虫・オサムシ類等(西山ら 1992)について調査し,多様性などにおける両者の動態の関係を明らかにすることも興味深い。
 林内微気象については,今回は極めて限られた結果のみしか示せなかったが,林冠と下層間,あるいは林内の地点間における温度変化や積算温度などの差異があり,それを観測できることが示唆された。まとまった林分内の多地点で観測することによって,気温だけであっても経過をかなり把握できると期待されるのではないか。植生調査の結果をもとに,林内において更新相や樹種構成が異なる,あるいは異なっていくと予想される地点間で比較できるように,ロガーを追加配置することも好ましい。
 測定記録が膨大になるので,分析手法の検討が必要である。インターネット上でデータを公開し,興味のある研究者の部分的な参加を期待するのも一つの方法である。

  引用文献
  石田健. 1987. 植生断面図によって評価した森林の空間構造と鳥類の多様性. 演習林報告(東京大学農学部附属演習林) 76: 267-278.
  石田健. 1997. 鳥類群集と森林の物理的構造. 平成6年度〜平成9年度年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書: 56-69.
  梶幹男・大久保達弘・芝野博文・蒲谷肇・石田健・宮下直・大村和也・澤田晴雄・芝野伸策・五十嵐勇治・瓜生アリセ孝子. 1997. 平成6年度〜平成9年度年度科学研究費補助金(基盤研究(B)(2))研究成果報告書: 127pp..
  永島初義・西山教雄・千島 茂・井出雄二:富士演習林樹木園の主要樹木.演習林(東大),29:101-124.富士演習林全域:1992年.
  西山教雄・千島茂. 1994. 富士演習林における地表徘徊性昆虫の林相間比較調査:平成5年度技術官等試験研究・研修会議報告(東大演習林):1:23-26.
  西山教雄・千島茂. 2000. 富士演習林の試験地について. 1999年度東京大学農学部附属演習林技術官等試験研究研修会議報告:印刷中.
  芝野伸策・岡村行治・高橋康夫・渡邉定元. 1996. 森林の動態解明のための針広混交林帯での大面積長期継続調査地設定の手法. 日本生態学会誌 46: 155-168.

◎本報告で提示した資料ならびに,関連する情報を以下のインターネットホームページで公開し,今後,適宜新しい情報も追加する予定である。
http://www.uf.a.u-tokyo.ac.jp/fuji/LTER.html

◎本研究ならびに富士演習林に関する問い合わせは,以下の電子メール・アドレスで受け付ける。
fuji@es.a.u-tokyo.ac.jp

付表

付表2