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研究

房総半島におけるニホンジカの保護管理モデル

鈴木 牧(生圏システム学専攻・ポストドクター)

2006年2月28日

 東京大学千葉演習林のある房総半島南部には,現在およそ 3,000 頭のニホンジカがいると推定されています.森を訪れる人々に親しまれているシカたちですが,周辺の農地に出没して農作物を食い荒らしたり,森林植生を破壊することもあります.シカたちと末永く付き合っていくためには,彼らの存在下でこれらの被害を最小限に抑える方策が必要です.

現在,複数の道府県が独自のシカ保護管理計画を策定し,試行錯誤ですすめています.なかでも千葉県は先進的な県の一つで,1980 年代から生息密度の変化や農業被害等を調査してきました.膨大な資料の蓄積をもとに,科学的な保護管理計画を展開し,一定の成果を上げています.ただ,現在のシカ保護管理計画には,二つの問題があります.

一つは,シカが生態系全体に与える影響が分かっていないことです.シカが増えると,餌となる植物が減ることは広く知られていますが,例えば,動物相への影響はあまり知られていません.植物を餌や生活場所として利用している小型哺乳類,クモや昆虫,土壌動物などは,間接的にシカの影響を受ける可能性があります(間接効果).このような影響は,森林生態系機能を保全するために,必ず知っておく必要があります.

 もう一つの問題は,将来予測の難しさです.保護管理計画を作る際には,「どこで何頭シカを捕るべきか」「どこにどんな防除柵を作るべきか」「そのためにいくら予算が必要なのか」などを予測する必要があります.予測の材料となる,シカの数,狩猟者の数,農地や森林の分布などは毎年変わり,それに応じて保護管理計画も毎年改変されます(順応的管理).これは科学的な立場からは当然のことですが,現場の行政官や民間団体にしてみれば,「もう少し長期的な,せめて10 年先の将来像が描ければ……」と思うこともあるでしょう.

 私たち(東京大学大学院農学生命科学研究科・千葉県立中央博物館・国立環境研究所)は,環境省の委託研究費(H16~H18年度)を得て,これらの問題を解決すべく共同研究を行っています.

という二つの目標に向かって研究しています.このプロジェクトから,千葉県のシカ保護管理をサポートするだけでなく,他府県でも参考にして頂けるような成果を提供したいと考えています.

 

<用語の解説>

シカ保護管理計画 :日本では地方分権の考えから,野生動物の保護管理は実質的に都道府県の行政に委ねられています.各都道府県は,保護や個体数調整など特別な対応が必要な野生鳥獣に対して,専門家を含む検討委員会の協議を経て,独自の「特定鳥獣保護管理計画」を作り実行できます.シカのほかにツキノワグマやニホンザル,イノシシ等も,しばしば計画対象となる動物です.

間接効果:群集生態学の用語で,2種の生物間の関係が,第3種の登場によって変化することをいいます.たとえばシカと虫には一見なんの接点もなさそうですが,シカが植物を食べることで,植物を餌とする虫が減ったり,植物を棲家としているクモが減ったりすることがあり得ます.また,シカが好む植物が減ると,競争相手のいなくなったシカの嫌いな植物が異常に繁茂するという間接効果も考えられます.私たちの研究でも,このような影響が検出されています.

順応的管理(adaptive management):科学的予測に基づく保護管理を行う上で,根拠となる情報は一般に不十分であり,また変化するのが普通です.といって,完全な情報が得られるまで手をこまねいていたら,手遅れになることもあります.こうした場合は,とりあえず現時点の判断材料で最良の予測を行い,それをもとに保護管理を実行し,逐次的に結果のモニタリング(監視)と予測の改善を繰り返していくのが現実的です.このような考え方を「順応的管理」といいます.野生動物の保護管理において広く使われていますが,監視と予測改善のシステムをどれだけうまく作れるかが成功の鍵となります.