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研究

房総半島に隔離分布するヒメコマツ個体群の保全

千葉演習林 助手 池田裕行

2006年4月1日

 房総半島には他の地域から隔離された状態で,低標高(標高約120~350m)の暖温帯域にヒメコマツ(Pinus parviflora Sieb. et Zucc.)の分布が知られている。このヒメコマツ集団は,最終氷期の遺存植物として房総半島の地史的,植物地理学的観点から非常に貴重な植物である。しかし,近年(1970年代から)マツ材線虫病等により急激に衰退し,2001年現在,成木が75本確認されるのみで(東大千葉演習林では1978年時点で200本以上確認されていたが,2001年には27本に激減した),次世代を担う稚樹がほとんど育っていないため,地域的絶滅の可能性が高い状態になっている。こうした状況を受け,千葉県レッドリスト2004年改訂版において「最重要保護生物」に指定されるとともに,著者を含めた多くの関係者により保全活動が進められている。
 ここでは,絶滅が危惧される房総半島のヒメコマツに対して,著者らの取り組んでいる保全活動としての研究内容を紹介する(尾崎,2005)。

1. ヒメコマツ個体群の現状
 「房総のヒメコマツ研究グループ」により2001年にヒメコマツの現状調査が行われた。その結果,房総丘陵の主稜線から北側に向かい,東西約15km,南北約5kmの範囲に見かけ上の7つの小集団に分かれて分布していた。各個体は互いに離れて,日当たりの良い崖に面している場合が多く,成木が75本確認されるのみであった。この結果からおおまかな推定では1980年代と比べて約1/10に減ってしまったと考えられる。
 生存個体の平均胸高直径は31.3cmで,20~40cm台の個体が約75%を占め,胸高直径10cm未満の小径木はわずか3本しかなく,枯死個体の年輪解析から推定すると生存成木の大部分は樹齢100~200年と考えられた。また,林内にはほとんど実生稚樹が確認されず, 30cm以上のサイズで枯死個体が多いことから,このままでは房総半島のヒメコマツ個体群が絶滅する可能性が高いことが明らかとなった(尾崎,2001)。

2. 天然個体の種子生産
 天然個体分布地付近にはほとんど稚樹が認められないので,天然個体の種子生産状況を調査した。その結果,球果の形状は種子の実入りが偏っているため変形しているものが多く,一般的なヒメコマツの球果より小さく,1個の球果内に充実種子は0~4個と非常に少なかった(2004年の充実率は18.7%)。これらの充実した種子の花粉親をDNAにより調査した結果93%が自植であった(天然個体13個体から採取した種子72個の調査)(佐瀬,2004)。天然個体の充実種子が少ないのは他殖がほとんど行われていないことに起因すると考えられる。また,自植率が高いのは天然個体の多くが孤立化していて,他個体の花粉が供給されにくくなっているためと考えられる。現在生存している天然個体は今から100~200年前の集団の遺伝形質を示しているため,残っている本数の割には集団としての遺伝的多様性はあまりそこなわれていないことが確認されているが(竹田,2003),今後見込まれる自殖が多い集団による次世代は遺伝的に大きな問題を含むものと考えられる。

3. 天然個体の遺伝子保存と採種園造成
 房総半島のヒメコマツは2001年現在成木が75本しか確認されていない。その後もマツ材線虫病等により枯死が確認されているので,現在生存する個体の遺伝子を保存するため,生息地外保全にも着手している。2003~2005年の3年間で天然個体の約9割に当たる67個体について接木増殖を行った。
 天然分布地においては個体間が離れているため,花粉の流動性が十分といえないので,天然個体の接木による採種園を造成することにより,房総半島のヒメコマツ遺伝子による多様性の高い苗木を生産し,天然分布地に戻すことにより房総半島のヒメコマツ集団を保全する計画である。

4. 人工交配
 天然個体の接木苗を用いた採種園から種子生産をできるようになるまでには長い時間が必要と考えられる。そこで,なるべく早く多様性の高い実生の次世代を生産する目的で人工交配を行っている。房総丘陵付近の民家で山取りした場所の明確なヒメコマツを庭に持っている人の存在を確認し,それらの庭木や東大千葉演習林の植栽個体等を母樹として,天然個体から花粉を採取して人工交配を実施している。2003~2005年の間に母樹として12個体,花粉親として20個体を用い,延べ約280組み合わせの人工交配を行った。これらの人工交配と天然個体からの種子生産の比較や,生産された苗の成長比較等を行うとともに,多様性の高い苗を天然分布域に植栽する計画である。
 房総半島のヒメコマツを保全するためには,これらの研究を積極的に進めるとともに,マツ材線虫病対策,稚樹に大きな被害を与えると考えられるかさぶたがんしゅ病対策,ニホンジカによる食害,皮はぎ対策,植栽稚樹の管理等について検討する必要があり,多くの研究機関,行政機関,ボランティアの協力によりこれらの研究,保全活動が進められている。

<参考文献>

[1] 尾崎煙雄ほか(2001)房総のヒメコマツ個体群の現状.房総丘陵におけるヒメコマツ個体群の緊急報告書,20-27,房総のヒメコマツ研究グループ,千葉

[2] 尾崎煙雄,池田裕行ほか(2005)垂直分布下限のヒメコマツ.森林科学45,63-68

[3] 佐瀬 正,池田裕行ほか(2004)房総丘陵の絶滅危惧ヒメコマツ集団における花粉流動のマイクロサテライトマーカーによる解析.第3回日本植物分類学会,ポスター発表

[4] 竹田昌平(2003)房総丘陵におけるヒメコマツ個体群の遺伝的多様性の解明.平成14年度千葉大学生物学科卒業論文,38pp,千葉大学