1. HOME
  2. 研究
  3. 研究トピックス
  4. 北海道演習林水系総合的基礎調査

研究

北海道演習林水系総合的基礎調査

北海道演習林 教授 酒井 秀夫

2005年8月3日

 森林が循環再生資源であることは、古代から人々は知っていた。持続的林業経営の歴史も古く、ヨーロッパでは少なくとも17世紀からその例が見られる。戦後、地球の資源が環境も含めて有限であることにようやく人類は気づき、危機感を持つにいたる。1992年のリオデジャネイロ環境サミットで、天然資源の持続的利用は同時に三つの原理、すなわち、生態、社会、経済の諸相における持続性に従うこととされ、森林に関する原則の声明が出された。また、このとき生物多様性の概念がはじめて導入された。森林の持続的経営にヨーロッパ、北米は、ヘルシンキプロセス、モントリオールプロセスなど、それぞれ実践に乗り出す。その具体的取り組みの基礎になるのが生物的ホットスポット(重要生息地)や湖、川、湿地林等のインベントリー(目録)作成である。ノルウェーの環境登録プロジェクトなど、北欧諸国は持続的森林経営実践の上で生物多様性の維持に力点を置き、私有林のインベントリーが完成されている。

 東京大学北海道演習林(以下北演)は、大雪山・十勝岳連峰の南限、東大雪の火砕流台地の西限、日高山脈の北限、夕張山地の東限に位置し、さらに原始ヶ原高層湿原、かつては湿原であった富良野盆地に近接している。北海道における多様な地形、地質がまさに四方から交叉集中する重要スポットである。演習林内は標高200mの平地林から大麓山1,460mのハイマツ帯まで標高差が大きく、低山帯は亜寒帯性常緑針葉樹と冷温帯性落葉広葉樹の世界的にも貴重な北方針広混交林が広がる。地質はおもに第四紀火山噴出物に覆われるが、中生界以降の石灰岩を含む堆積岩、変成岩、蛇紋岩が見られ、植物相の多様性の一因となっている。北方系植物と南方系植物とが演習林内でちょうど混ざり合い、大雪山系、日高山系、夕張山地の各固有種とされるものや、アオノイワレンゲ、エゾスカシユリなどの海岸性の植物も分布している。北演は北海道原始の森を受け継いで、おもに択伐作業と天然更新によって事業的規模での森林経営実験を行い、北方林業の技術的発展に貢献してきた。1899年の創設以来、現在の森林総蓄積の1.5倍にあたる600万立方メートル以上の木材を生産してきたが、演習林わずか2万haに現時点で高等植物900分類群以上が同定され、この中には環境省と北海道の指定する絶滅危惧種60種も含まれる。稀産種の群落を多く残しながら、本来の生態系を損なうことなく、驚くべき多様性を維持しながら森林経営が行われてきた。

 北演には大小多くの空知川水系が存在する。北演のインベントリー事業の一環として、2004年度から毎年数カ所の水系を選び、水量、水質、植物相、水棲動物相、地質、土壌について総合的基礎調査を実施している。生態系を、地質や水質などの環境条件とともに流域規模で把握し、相互に関与する要素を総合的にとらえながら、源流域の総合的理解を図ろうとするものである。北演職員や東大職員だけでなく、各分野の一線で活躍されている外部の方々が参加されている。熊などの危険を避けるため、多くの研究者で一挙に川沢を登りつめながら、地形、湧出口や、水量、水質がどのように変化するかなどを調査する。2004年度は西達布川本流、仙人峡、奥の沢で実施し、2005年度は、蛇紋岩地帯、石灰岩地帯、幌内沢、大麓山大沢、本沢、今野沢、飯場沢で行った。

 水温、水量、水質など、流域の基礎的事項が測定されるとともに、植物相、水棲動物相については、流域によって隔離分布している種や新たに存在が確認された種がある。興味深い結果が積み重ねられつつあり、それらの相関など、総合的解明が待たれるところである。北海道の自然の成り立ちを解明する上でも興味深いものとなっている。

 日本の多くの自然が、高度経済成長、人口増加の代償として姿を変えたなか、北演は原始の面影をまとまりとして残しており、北演全体が生物多様性にとって最小限のふさわしいスケールともなっている。これらはいまやかけがえのない人類の財産といっても過言ではない。持続可能な森林経営と環境保全に努めながら、流域を1つの単位として演習林そのものをエコ・ミュージアムとして機能化を図っていきたい。長い間には、環境、樹種構成や森林の内容も変化もしていく。インベントリー事業の継続は欠かせない。

<参考文献>

[1] 酒井秀夫(抄訳)(2004) 持続的林業における森林作業.森林利用学会誌19:147-152.(原著 Kjell Suadicani (Ed) (2000) Forestry Operations in a Sustainable Forestry. Skov & Landskab Proceedings No.5. 56pp.)

[2] 酒井秀夫(抄訳)(2005)北欧各国の持続的森林経営の取り組み.森林利用学会誌20:29-33.(原著 Nordic Council of Ministers: Nordic implementation of sustainable fores management.)