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研究

インバウンドと国立公園の歴史

水内 佑輔(森林流域管理学研究室/生態水文学研究所 助教)

2018年1月11日


研究内容

 「観光先進国」という言葉がつくられているように、現在、成長戦略の一つとして観光が捉えられています。「インバウンド観光」などという言葉も耳にしますが、言ってみれば外国人観光客を増やして外貨を稼ぐため,国立公園や文化財への期待が高まっています。ですが、この発想自体は新しいものではなく今から約80年前の国立公園の誕生には国際観光による外貨獲得への期待があったとされてきました。

 国立公園法の制定は1931年です。現在の環境省の前身である内務省衛生局が主管省庁となり、林学博士・田村剛を中心に制定が進められました。田村の記述を見てみると、「国立公園として十分宣伝するならば,外客の数を増すはもちろん,その滞在日数を倍加することが出来,今日の外客収入を三四倍に増加せしめる...国立公園の風景は一国の風景を代表するほどに傑出して,全国民ならず進んでは海外の旅客を誘ひうるほどでなくてはならぬ」とあるなど、インバウンドによる外貨獲得への期待が確認できます。また、1930年には鉄道省に国際観光局が設置されており、外貨獲得の手段としての観光への期待が当時の政府にあったことがわかります。これらの事情から通説ではインバウンドによる外貨獲得の意図を梃子として日本の国立公園が誕生したとされてきました。

 しかし、帝国議会での議論を詳細に見てみると、政府は巧妙かつ周到に2段階から国立公園の必要性を説明しています。まず、レクリエーションに適した風景地の保護・開発という観点から本質的な国立公園の必要性を述べ、さらに外客誘致による外貨獲得と国際親善にも資するとしたのです。そのために産業開発や無秩序な観光開発に対する保護・統制の必要性が喫緊の課題であり、そのために国立公園法が必要であると説明していました。このように利用開発や外客誘致は直ちに達成すべき課題とはされない,財政難における国立公園の実現に対応した組み立てでした。通説からは国立公園はあたかも国家的プロジェクトの1つとしての総合的な政策であったかのような印象を受けます。しかし、実際には国立公園計画の策定のみが政策メニューであり,施設整備やインバウンドに対応した具体的政策は伴っておらず、他省庁との調整は内務省土木局や逓信省,農林省や文部省との間における土地や権利を巡るもののみにとどまっています。とはいえ、こういったお金のかからない消極的な姿勢であるからこそ、昭和初期という時期に国立公園という枠組みが成立したとの見方も出来ます。

 現在、環境省は国策的なインバウンド観光推進を受け、「国立公園満喫プロジェクト」として、インバウンドを中心に「利用」に軸足をおいた施策を実施している最中にあります。一見、国立公園成立当初との符合性があるように見え、この点からも当時の状況に着目が進んでいるのですが、インバウンドという手段を国立公園としてどう生かしていくかを考える際には、長期的展望も重要であり、歴史的研究がその補助線となることを願っています。


図表

fig1_mizuuchi180111.JPG
阿蘇くじゅう国立公園 2014年9月9日撮影


発表文献

水内佑輔・古谷勝則(2017):国立公園法成立をめぐる政治過程とその背景:日本建築学会計画系論文集 82 (733), 635-645

水内佑輔(2018):国立公園におけるインバウンド観光の系譜-本多静六、国立公園の誕生から満喫プロジェクトへ-:森林科学82,(印刷中)