所長のあいさつ

生態水文学研究所は,東京大学大学院農学生命科学研究科 附属演習林に属する地
方演習林のひとつで,201161日に愛知演習林を改称し発足しました。

生態水文学の背景となる,生態系サービス,水・栄養塩・土壌・土砂関連の機能,
さらにはそれら機能と人間社会の関わりについては,蔵治光一郎・初代所長による
「所長のあいさつ」の解説が参考になるので,以下に抜粋します。

“森林が生物として生産するものや備えている作用のうち,人間にとって都合がよ
い作用や,人間にとって有益な材料や食料を生産する働きを森林の機能,または生
態系サービスといいます。森林の生態系サービスのうち水,栄養塩,土壌,土砂関
連の機能は,日本における森林と人との関わりの長い歴史の中で常に社会の関心事
でした。しかしその現象の複雑さ,対象の巨大さ,対象とする現象の発生確率の低
さ,操作実験の困難さなどの理由により,過去約100年にわたって続けられてきた
科学者の努力をもってしても,未だ科学的に解明されていないことがたくさんあり
ます。”

一方,森林の水,土壌,土砂関連機能に関しては,植林神話や緑のダムなどに代
表される,単純で科学的根拠の希薄なメッセージがマスコミ等によって発信され,
それが人々に盲目的に信じられてしまうことにより,誤った常識が形成され,それ
に基づいた政策が実行されてしまうこともあります。

こうした背景を受け,同じく初代所長は生態水文学研究所の活動目的として
自然界の現象や作用の科学的な理解と,その上に立った森林の機能の実態を明ら
かにすることにより,作用および機能の正しい理解と,それに基づいた世論や政策
の形成を支援すること

を掲げ,研究所のミッションを
森林生態系における水・栄養塩・土壌・土砂との相互作用,森林の生態系サービ
ス,および水・栄養塩の循環や土壌・土砂の移動と人間との歴史的,社会的相互関
係を明らかにするための自然科学研究,人文・社会科学研究,および東京大学学生
・大学院生への教育を推進すること

と定めました。

生態水文学研究所は,まもなく発足5周年を迎えます。これまでの研究成果として,
長期森林再生,ナラ枯れ,間伐が水文・水質に及ぼす影響,洪水緩和機能の実態等
を解明し,流域単位の水・栄養塩・炭素等の動態や収支に森林が及ぼす影響を科学
的に明らかにしてきました。そして生態水文学,生態系サービス,森・水・土壌・
土砂に関する人文・社会科学,公益的機能発揮目的の森林管理等の分野における研
究成果を社会に発信してきました。また教育に関しても,森と水の自然科学教育,
森と水と人の関係についての人文・社会科学教育の拠点として,大学および大学院
の講義,実習,論文指導に貢献してきました。

一方で,森林の生態系サービスに関しては,水・土壌・土砂関連機能の相互作用
とトレード・オフの解明,それら機能の評価手法の確立,機能強化に向けた技術開
発等,未だ着手できていない研究課題も多くあります。こうした課題を踏まえ,生
態水文学研究所は,旧・愛知演習林の頃より蓄積されてきた長期観測データと,最
新の科学的知見や解析・評価手法を融合した研究成果を挙げ,社会に発信すること
で,生態水文学の分野において国内はもとより世界的に名前が知られる研究所とな
ることを目指していきます。

今後とも,多くの研究者,大学教員の方々のご利用をお待ちしております。


2016年 4月
東京大学大学院農学生命科学研究科附属演習林
生態水文学研究所長
広嶋 卓也